スノーボードの「しなり」と「たわみ」
スノーボードでは、「しなり」と「たわみ」という言葉をよく使います。
「ボードがしなる。」
「たわみを作る。」
どちらもよく耳にする言葉です。
僕自身も、普段はほとんど同じ意味合いで使っています。
レッスンでも、
「もっとしならせよう。」
と言うこともあれば、
「たわみが足りないね。」
と言うこともあります。
その場ではどちらでも十分に伝わりますし、無理に使い分ける必要はないと思っています。
ただ、言葉の意味を少し整理してみると、面白い違いがあります。
「たわみ」は、物が曲がっている状態を表す言葉です。
一方、「しなり」という言葉には、曲がるだけではなく、
元へ戻ろうとする弾力や反発
まで含まれているように感じます。
例えば竹。
風で曲がっても折れずに戻ります。
釣り竿も同じです。
大きく曲がっても、元へ戻ろうとします。
この「戻る力」まで含めたイメージが、「しなり」という言葉にはあるように思います。
スノーボードでも同じです。
ターン中、ボードは外力を受けて曲がります。
その曲がっている状態だけを見るなら、「たわみ」と表現できます。
そして、そのたわんだボードが元へ戻ろうとする働きまで含めると、「しなり」という表現が近いのかもしれません。
だから言葉として考えると、少しだけ意味が違うようにも見えます。
でも、だからといって、
「これはしなり。」
「これはたわみ。」
と細かく使い分けようとは思っていません。
僕はこれからも、おそらく同じ意味合いで使うと思います。
なぜなら、大切なのは言葉ではなく、現象を理解することだからです。
でも明確に違いを伝えることができるなら、使い分けていくのもありですよね。
例えば、
「ボードをしならせよう。」
と言われたら、
ボードが曲がり、その働きを利用することをイメージできれば十分です。
「ボードをたわませよう。」
と言われても、
頭の中に同じ現象が浮かんでいれば、それでいいと思っています。
言葉が少し違っても、見ているものが同じなら、大きな問題はありません。
むしろ気を付けたいのは、
「しならせる」という言葉から、
自分の筋力だけでボードを曲げようとしてしまうことです。
ボードは人間の力だけで曲がっているわけではありません。
ターン中に生まれる重力や遠心力などの外力を受け、その結果としてボードは曲がっています。
だから、自分で無理やり曲げるというより、
外力によって自然に曲がる環境を作ること。
こちらの方が大切だと考えています。
言葉には、それぞれ少しずつ違う意味があります。
だから整理して考えることには意味があります。
でも、それ以上に大切なのは、
その言葉が何を表しているのかを理解することです。
「しなり」と「たわみ」。
僕はこれからも同じ意味合いで使うと思います。
ただ、その背景には、
ボードが外力を受けて曲がり、その働きを利用して滑っている。
そんな共通したイメージがあります。
言葉を覚えることよりも、その現象を理解すること。
それが、スノーボードをもっと深く楽しむために大切なことだと思っています。
言語化の鬼 青木玲でした。
