詩: 洋食屋に灯る小さな光
駅前のまぶしい大通りを外れた路地に
雨宿りするように佇む
小さな洋食屋「キッチンすずき」
鈴木さんは毎朝四時
まだ街が寝ているころから
牛骨と野菜を煮込み
丁寧にアクを取り続けます
「またそんな手間かけてんの?
今どきそれじゃ利益にならないよ」
近所の若い居酒屋店主が笑いながら通り過ぎます
「はは、そうですね」
経営は苦しく
値上げされた食材
上がらない客単価
流行の「映え」から程遠い彼の料理
冷たい雨が店の窓を叩く日
厨房の隅で小さく頭を抱えました
自分の頑固さはただのエゴなのか
犠牲にしてきたものばかり思い出され
不器用な自分が嫌になり
目頭が熱くなった その時
カラン とドアのベルが鳴りました
濡れた傘を持ったスーツ姿の老人
店ができた三十年前から
年に数回だけふらりと来る常連の客
「すみません、もう仕舞いですか」
「いえ……どうぞ」
老人はハンバーグ定食を注文しました
鈴木さんはいつも通り
手際よく心を込めて焼き上げました
ジューという音と湯気
老人は一口 また一口と静かに運び
最後のひとくちを飲み込むと
ゆっくりと箸を置きました
「今日、会社を退職してきました」
遠くを見るような目で
老人は続けました
「真面目さが置き去りにされる日ばかりでね
心が折れそうになるたび、ここに来たんです
一口食べると、
『ああ、世の中にはこんなに愚直に、
誠実に仕事をしている人がいる
自分ももう少しだけ、嘘をつかずに頑張ろう』
そう思えた」
老人は鈴木さんの目をまっすぐに見つめました
「あなたの料理はね、お腹を満たすだけじゃない
人の人生を支えてきたんですよ
三十年間、本当にごちそうさまでした」
老人が店を出て行ったあと
鈴木さんはしばらく動けませんでした
誰も見ていないと思っていました
時代遅れだと自分を責めていました
胸の奥が熱くなり
頬を濡らしたのは
悔しさでも虚しさでもなく
温かい誇りの涙
勝手口を開けると
いつの間にか雨は上がり
雲の隙間から小さな星が覗いていました
(玲 2026.8.2)
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