唐突に教員だった頃を語りたい
ここまでたどり着いていただきありがとうございます。まると申します。

私、実は過去に小学校の先生でした。
夜間授乳の合間に教壇に立っている夢を見て教員時代の話を語りたくなったため、紹介させていただきます。
コロナ前に教職についていたので、今とずいぶん環境が違うかと思いますが、お付き合いいただけると幸いです。
教員時代のプロフィール
担任経験 : 1・2・3・5年生
部活指導 : 陸上、ロードレース、ミニバス
教員免許 : 小・中・高1種
専門科目 : 英語
校務分掌 : 英語主任、環境教育 など
小学校でも部活指導をやる地域に加えて、片親世帯や低所得者層の多い学区への配置。
常に体力と精神力を削る毎日でした。
でもどんなに疲れていても、次の日の朝に子供の顔を見れば1日元気に過ごすことができて、「次はどんな授業をやろうかな?」と毎日ワクワクしていたことを覚えています。
縁があって低・中・高学年いずれも学級担任として楽しませてもらい、特に1年生はかわいくてかわいくて仕方ありませんでした。
それまで自分は、自分の気持ちを言語化するのが難しい低学年は苦手で高学年向きの教員だと思っていたのですが、見事に偏見は吹っ飛びました。
専門科目は英語。
学習指導要領で小学校英語の導入が本格化し始めた時期に教員になったこともあり、まだまだ専門性を極めるぞ!と意気込んでいました。
担任として、学習障害で読み書きが苦手と言った教え子に、字を書く楽しさを知ってもらいたくて一緒に習字を書いたこと。
ミニバスの最後の部活で6年生とのミニゲームに参加して「先生、大人げない!」って言われたこと。
初めての1年生の担任になって、1年生のかわいらしさに感動したこと。
教え子と月9とかアニメの話とか、他愛の無い話をしたこと。
教員だった頃の思い出って尽きません。
指導案づくりと論文作成で日を跨いで帰る日が続いても、
長欠児童の家庭訪問で毎日まったく相手にされなくても、
土日の部活と地域イベントで月の残業が200時間を超えても、
教員という仕事が本当に大好きでした。
結婚を機に退職して地元を離れ、新天地で少しだけ新しい世界に飛び込みたくて転職。
今はあの頃みたいに動けないから、小学校の門で子どもたちにあいさつしてる先生たちや、校外学習で引率中の先生たちを見ると眩しくなります。
臼蓋形成不全の患者の経過は、大抵が変形性股関節症になって歩けなくなる。
だから今後、骨を切る手術か人工関節を入れる手術をするんだろうけれど、
もしかしたら、手術しなくても教員に復帰できる未来もあるかもしれないから、リハビリ頑張ろうって思えました。

