見出し画像

ドラマ『シュリンキング:悩めるセラピスト』|「縮んでしまった人たち」の物語。

Apple TV制作の『シュリンキング:悩めるセラピスト』は、『テッド・ラッソ:破天荒コーチが行く』と同じ制作チームが作っている。『テッド・ラッソ』は、サッカーのルールも知らないアメリカンフットボール監督が、イギリスのプレミアリーグのサッカーチームに監督として就任するという、かなり奇想天外なコメディタッチの設定なのだが、蓋を開けると元アメフトの監督だったテッドを中心に、サッカーチームに関わる様々な人物を奥深いところまで掘り下げていくという素晴らしいヒューマン・ドラマになっていた。

そんなチームが作ったドラマなのだから、『シュリンキング』も絶対面白いはず!と意気込んで見始めた。が、しかし、シーズン1とシーンズ2を見ている頃には、やっぱり『テッド・ラッソ』のほうがずっと面白かったなと、落胆していた。

『シュリンキング』の主人公は、カリフォルニアで心理カウンセラーとして働く40代後半の男性ジミーだ。彼は最愛の妻を交通事故で亡くす。ジミーには、高校生の一人娘アリスがいて、彼女も突然訪れた母の死に打ちのめされた遺族である。優秀なカウンセラーだったジミーの私生活は荒れ果てるが、なんとか同じ心理カウンセラーの同僚たちや、友人たちの協力で徐々に立ち直っていく。シーズン1では、遺族が死を受けいれる過程、シーズン2では、交通事故加害者と対面し、彼を「許す」過程、シーズン3では、遺族が再スタートを迎える過程がテーマになっている。

『テッド・ラッソ』と比べるとずいぶん重いテーマなのだが、全体的に軽快に笑えるテンポで話が進んでいく。まあ、それはいいのだけれど、出てくるジョークに下ネタは多いし、自分の心の傷を癒そうとして、なりふり構わず衝動的な行動にでてしまう登場人物に共感できないことが多かった。アリスはまだ未成年なので、ああいう行動に出てしまうのには仕方がないとは思うけれど、ジミーや彼の友人たちには、「大人なんだから、もうちょっとちゃんとしなよ」、とイライラすることもあった。

それでも、是が非でも、シーズン3まで絶対に見たかったのは理由がある。それは、ジミーの恩師として登場するベテラン心理カウンセラーのポールの存在だ。ハリソン・フォードがこのポールを演じているのだが、シーズン3で、ハリソン・フォードがマイケル・J・フォックスと共演しているのだ!

ハリソン・フォードとマイケル・J・フォックスの共演…。もう1970年代生まれの映画ファンにとっては、盆と正月が一緒にきたとか、『インディー・ジョーンズ4部作』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー3部作』が、どこかの映画館で同時上映しているというような、とにかくテンションが200%ぐらい上がる夢のようなキャスティングである。さすがは、天下の超一流企業Apple. Incである。ただでさえハリウッドの大御所であるハリソン・フォードをTVシリーズにキャステキングすることさえ凄いのに、マイケル・J・フォックスを役者として起用してくれるなんて!

マイケル・J・フォックスは、ポールと友達になるパーキンソン病患者・ジェリーを演じている。ポールはパーキンソン病と診断され、先が長くない人生をどう生きようかと模索しているときに、病院の待合室でジェリーに出会う。二人で、"F**k Parkinson's."(パーキンソン病なんて、クソくらえ)と、声を掛け合うシーンは、この病気と現実でもう20年以上も静かに粘り強く戦っているマイケルだからこそ、心に残るものがあった。

二人の共演でやっと私のテンションが上がったせいか、シーズン3になってやっとこのドラマが面白いと思えるようになった。そして見終わった今では、もう一度見たいという思いが募っている。シーズン3になると、ポンポンと飛び出す下品なジョークにもそれなりの免疫もできてきたし、最初はあんまり好きになれなかったキャラクターも、徐々に愛着が湧いてきた。

交通事故の加害者であるルイを演じたのは、イギリス人俳優兼脚本家のブレット・ゴールドスタインだ。彼は『テッド・ラッソ』でプロのサッカー選手としてのピークを過ぎた元ストライカー、ロイ・ケント役で圧倒的な存在感を放っていた。『シュリンキング』での存在感は、『テッド・ラッソ』ほどではないのだけれど、カリフォルニアの爽やかな青空が似合わない俳優っているんだな、と実感するほど、ブレット・ゴールドスタインはイギリスの雨雲を背景に背負っているような、暗くてジメッとした存在感を出すのが非常にうまい。

ジミーが働く心理セラピー診療所は、認知行動療法(CBT)を主体としたカウンセリングを行っている。ドラマを見ながら、もし自分が心理カウンセリングを受ける立場だったら、どのキャラクターを選ぶだろうかと想像してみた。従来のCBT療法でないセラピーを行うジミーは、面白そうだけど私には合わなさそう。ギャビーは人の話を聞く前に自分のことばかり話していそうだけど、毎回あのアフリカ系の女性にしか着こなせない色鮮やかなファッションを見に行くためなら楽しめるかもしれない。でもやっぱり安全株として、ベテランのポールだろうと思っていたところで、シーズン3でこの人しかいない!という人物がいた。それはジミーの親友である、ゲイの弁護士ブライアンだ。彼が提供してくれるのは、お笑いセラピー。彼のおかげで、シーズン3では笑い転げることができて、こんな人に悩みを相談しにいったら、絶対に何も解決しないけど、相談後は自分がなぜ悩んでいたかさえも忘れさせてくれるだろう。

英語で精神科医や心理カウンセラーのことを「シュリンク(Shrink)」というらしい。なぜ「縮む」という動詞が、こんな意味にも使われるのがよくわからなかったのだけれど、見終わってから、だんだんとその言葉の由来が分かってきたような気がする。人は悩むと縮みこむのだ。体を丸めて、膝を抱えて、社会に手足の伸ばして出ていくような感覚とは反対に、文字通りに『縮む』。

このドラマに登場するキャラクターは、全員何かによって縮んでしまった人たちである。その縮んだ体を、少しずつ元の大きさを取り戻していくような物語が、アメリカ西海岸の爽やかな青空の下で展開していく。それが、私に意外な癒しをもたらしてくれたことに感謝したい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集