【判例解説】聴覚障害を有する児童の逸失利益〜障害を理由とする減額を認めなかった大阪高裁判決〜

本稿では、聴覚に障害を持つ児童(当時11歳)が交通事故で死亡した事案において、将来得られたはずの収入(逸失利益)の算定が争われた「大阪高裁令和7年1月20日判決」について、その意義と射程を解説します。



1. 本件の概要と社会的注目点

平成30年、てんかん発作を起こした運転者が運転する車両の暴走事故により、11歳のAさんが亡くなりました。この損害賠償請求訴訟において、将来Aさんが得られたはずの「逸失利益」をどう計算するかが最大の争点となりました。

  • 原告(遺族側)の主張

  • 未就労の児童の場合、一般的に用いられる**「全労働者の平均賃金」**を基礎に計算すべき。

  • 被告(加害者側)の主張

  • Aさんには聴覚障害があったため、**「聴覚障害者の平均賃金」(全労働者平均の約6割)**を基礎とすべき。障害による労働能力への影響は考慮されるべきだと主張。

一審判決が被告の主張を一部認め、「全労働者平均賃金の85%」を基礎収入としたことから、障害を理由とする不利益な扱いの是非をめぐり、社会的な注目を集めました。



2. 裁判所の判断:一審から高裁へ

一審判決(大阪地裁)

Aさんの障害が労働能力に一定の影響を与えると認め、基礎収入を**「全労働者の平均賃金の85%」**と認定しました。

控訴審判決(大阪高裁)

一審判決を覆し、「全労働者の平均賃金」を100%用いるのが相当であると判断しました。高裁が重視した理由は以下の通りです。

  • 【故Aさんの能力】

  • 重度難聴ではあるが、補聴器を装用すれば中等度難聴のレベルで会話を理解できた。

  • 読み書きや学力は年齢相応で、平均的なレベルに達していた。

  • コミュニケーション意欲が高く、実際に他者と積極的に関わることができていた。

  • 【技術・社会の変化】

  • AI技術の導入など補聴器の性能が飛躍的に向上している。

  • 障害者法制の整備や社会の理解が深まり、合理的配慮によって社会的障壁は取り除かれつつある。

  • 【結論】

  • これらの点を踏まえれば、Aさんは**「労働能力が制限されているとはいえず、健聴者と同等の条件で働くことが十分可能であった」**と評価。したがって、逸失利益の算定において基礎収入を減額する必要はないと結論付けました。



3. 本判決の解説と今後の展望

画期的な判断とその意義

本判決は、かつて法律上も差別的な扱いを受けてきた歴史を持つ聴覚障害に対し、「障害があるから収入が低い」という固定観念を排し、故人固有の能力や意欲、そして技術や社会の変化を具体的に評価した点で、非常に大きな意義を持ちます。原告側の懸命な立証が実を結んだ判決といえます。

本判決の射程(どこまで影響するか)

一方で、本判決は**「全ての障害者の逸失利益が減額されない」ことを保証するものではない**点に注意が必要です。

  • あくまで個別具体的な判断:高裁はAさんのコミュニケーション能力や学力が高いことを詳細に認定しており、これが結論を大きく左右しました。仮に補聴器でも聴き取れない、あるいは言語理解にまで障害が及んでいた場合、判断が変わった可能性はあります。

  • 他の障害への影響:このロジックに基づくと、コミュニケーションや学習に困難を伴うことが多い知的障害や発達障害の事案では、依然として逸失利益の算定において厳しい判断がなされる可能性が残ります。

【補足】慰謝料に関する指摘

高裁は、逸失利益は増額したものの、慰謝料(本件では合計3100万円)については、一般的な相場(2000万〜2500万円)より高額であると指摘しています。これは、一審が逸失利益を減額した分を慰謝料で調整した可能性を示唆しており、もし高裁で慰謝料が減額されていれば、最終的な賠償額は一審と大きく変わらなかったかもしれません。



令和7年2月28日

文責 弁護士 増﨑勇太
プラスワン法律事務所
※この解説は公開されている判例をもとに作成されたものです。判例で認定された事実と、実際に生じた事実が異なる場合がありうることはご留意ください。



1. 【あらすじの要約】


交通事故で11歳の聴覚障害を持つ少女が亡くなりました。裁判では、少女が生きていれば得られたはずの収入(逸失利益)をどう計算するかが大きな争点に。加害者側は「聴覚障害者の平均賃金(健常者の約6割)で計算すべき」と主張し、一審もその主張を一部認めて健常者の85%に減額する判決を下しました。
しかし、これを不服とした遺族が控訴。高裁は、「個人の能力や可能性は、障害という属性だけで判断されるべきではない」という画期的な判断を下します。少女の優れた学習能力やコミュニケーション能力、そして補聴器などの技術の進歩を具体的に評価し、一審判決を覆して健常者と全く同じ「全労働者平均賃金」を基礎とすることを認める逆転判決を言い渡しました。これは、障害者の権利と可能性を社会に問いかける、重要な一石を投じた事案です。




2. 【重要アピールポイント】5選


この判例解説が持つ価値と、特に知っていただきたいポイントは以下の5つです。

  1. 【固定観念への挑戦】「障害=収入減」ではないことを司法が明示!
    障害があるからという理由だけで、将来の可能性を低く見積もることは許されない、という強いメッセージ性を持つ画期的な判決です。

  2. 【"個人"を尊重する視点】障害という「属性」ではなく「その人自身」の能力で評価。
    故人がいかに努力し、高い能力を持っていたかを具体的に認定。一人ひとりの個性と可能性を尊重する、あるべき姿を示しました。

  3. 【未来を見据えた判断】テクノロジーの進化や社会の変化を積極的に考慮。
    AI搭載補聴器の進化や法整備といった、障害をとりまく社会的・技術的障壁が低減している未来志向の視点を判断に取り入れています。

  4. 【画期的な逆転判決】困難な状況を覆し、完全勝利へ。
    一審の不利な判決を覆して逸失利益の満額を勝ち取った本件は、同様の立場にある当事者や支援者にとって大きな希望と指針になります。

  5. 【専門家による深い洞察】判決の「射程と限界」まで丁寧に解説。
    この判決が万能ではないこと、他の障害種別では異なる判断の可能性があることなど、専門家ならではの冷静な分析で、判決の正確な理解を促します。




3. 【フィードバック想定問答集】


この解説を読んだ方から寄せられそうな質問とその回答をまとめました。

Q1. この判決で、今後は障害者の逸失利益は、健常者と同じように計算されると考えてよいのでしょうか?

A1. いいえ、残念ながら直ちに全ての事案でそうなるとは言えません。本判決は、あくまで亡くなったAさんの学習能力やコミュニケーション能力が非常に高かったことを具体的に認定した上での**「個別判断」**です。障害を理由に安易に減額する風潮に一石を投じたことは間違いありませんが、障害の程度や種類、特にコミュニケーションに困難が伴うケースでは、今後も厳しい判断がなされる可能性は残ります。

Q2. 亡くなったお子さんの将来の収入なんて誰にも分からないのに、健常者と同じと断定するのは、加害者側にとって酷ではないですか?

A2. 仰る通り、将来の立証は誰にとっても困難です。しかし、損害賠償は「事故がなければ得られたであろう利益」を可能な限り正当に評価するという考え方に基づきます。本判決の重要な点は、将来が不確実だからといって、障害を理由に当初からその可能性の芽を摘んでしまうのは不当である、と判断したことです。障害があっても、本人の努力や社会の変化次第で健常者と同等に活躍できる可能性を正面から認めました。

Q3. 解説の中で「慰謝料」の話が出てきましたが、結局、遺族が最終的に受け取る金額は、一審と高裁でほとんど変わらなかったかもしれない、というのはどういう意味ですか?

A3. 鋭いご指摘です。高裁は、逸失利益は増額しましたが、一方で一審が認めた慰謝料(3100万円)が一般的な相場より高額であると暗に示唆しています。これは、**「一審は、逸失利益を低くせざるを得なかった分、慰謝料を増額して結論のバランスを取ったのではないか」**という読み方ができる、ということです。仮に高裁が慰謝料を相場通りに減額した場合、その減額分と逸失利益の増額分が相殺され、賠償総額は一審と大差ない結果になった可能性があった、ということを解説では指摘しています。

Q4. 今回は聴覚障害の事案でしたが、例えば知的障害や発達障害を持つ子どもが被害者だった場合、この判決は参考になりますか?

A4. 参考にはなりますが、同じ結論を導くのはより困難になる可能性があります。なぜなら、高裁は**「Aさんの言語・コミュニケーション能力が年齢相応に高かったこと」**を判断の重要な柱にしたからです。そのため、知的障害や発達障害のように、コミュニケーションや学習そのものに困難を伴う障害の場合、健常者と同等の労働能力を将来にわたって発揮できる、という主張・立証のハードルは、残念ながら依然として高いままだと考えられます。

Q5. もし自分の家族が同様の事故に遭ってしまった場合、この判決のように有利な結果を得るためには、何を準備すればよいのでしょうか?

A5. 本件の勝因は、原告側による**「故人の能力の丁寧な立証」**に尽きます。万が一の場合に備えるならば、学校の成績表やテストの結果はもちろん、先生との連絡帳、本人が書いた作文や日記、周囲の友人や先生からの「〇〇さんは勉強熱心だった」「誰とでも明るくコミュニケーションがとれていた」といった証言などが、極めて重要な証拠となります。障害があっても、それに負けない意欲や能力があったことを具体的に示す客観的な証拠を、どれだけ集められるかが鍵となります。


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