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”afternoon tea”女の身勝手と濡れた欲望が、熱海をニューヨークに変える夜

身勝手な女の熱量に狂わされる夜、映画はどこまでも淫らに化ける。



映画『ラヂオの時間』に狂い咲く、現場の毒と「お飾り監督」の奇跡




キャストのワガママのせいで、設定もストーリーも滅茶苦茶に変冒してしまった映画はあるか?――そう訊かれたら、俺は酒杯を傾けながら迷わずひとつのタイトルを吐き捨てるように答える。


映画『ラヂオの時間』だ。


元々は、素朴な主婦がラジオドラマ応募作として書き上げた、実に地味で湿っぽい純愛劇だったはずなのだ。舞台は潮風吹きすさぶ熱海。平凡な主婦「律子」と、粗野だが男くさい漁師「虎造」の、生々しくも慎ましい不倫めいた恋物語。それだけで十分に、熟れた女の汗と男の体臭が匂い立つような湿地帯のドラマだった。


ところが、スタジオにスポットライトの快楽を忘れられない落ち目の女優・千本のっこ(戸田恵子)が足を踏み入れると、事態は女のエロスと自我の暴走へと一気に転がり始める。


「律子? そんなダサい名前じゃ濡れないわ」とばかりに、役名は勝手に「メアリー・ジェーン」へと変えられ、熱海のしがない温泉街は摩天楼聳え立つニューヨークへと様変わり。平凡な主婦は脚の長い知的な女弁護士へ、潮臭い漁師はハンサムなパイロット・ハインリッヒへと化けていく。「私を一番美しく、一番魅力的に見せろ」という女の熟した自我と強欲が、脚本の骨組みをメキメキと音を立てて歪めていくのだ。さらには、それに触発された他のキャストやスポンサーの身勝手な欲望までが雪だるま式に絡み合い、平凡な恋物語は女弁護士とパイロットのスリルとサスペンス、果ては宇宙規模の一大スペクタクルへと、支離滅裂に脱皮していく。


だが、この「あり得ないワガママ」の連鎖こそが、画面越しに狂おしいほどの体温と生々しい快楽を撒き散らす。桃井かおりのあのねっとりと耳にまとわりつく妖艶な声、そして『ゲバゲバ90分』以来お馴染みの「おヒョイさん」こと藤村俊二の、飄々としていながらどこか洒脱なエロティシズム。癖の強い役者たちが欲望のままにスタジオをかき乱す様は、まるで男と女が素肌でぶつかり合う密室の乱闘劇だ。


正直に言おう。俺はこの作品こそが、三谷幸喜という男の最高傑作だと思っている。なぜか? 映画初監督だった当時の三谷は、作中の気弱な演出家そのままに、現場の怪術師たちに揉みくちゃにされる「お飾りの監督」に過ぎなかったからだ。


監督の頭の中にあるちっぽけで緻密な計算なんぞ、現場の生々しい肉体性とキャストの毒気に易々と食い破られた。だからこそ、この映画には整った理屈を超えた「生の衝動」が宿っている。『12人の優しい日本人』が傑作なのも同じ理屈だ。彼が自らメガホンを取らず、演出家の肉体を通して脱臭されたからこそ、密室の中で男と女の業がギラギラと光った。


逆に、後の『笑の大学』はどうだ。映画化の宣伝が始まった時点から、どこかお行儀の良すぎる嫌な予感がプンプン漂っていた。理屈でガチガチに固められ、男と女の汗や体液の匂いを綺麗に拭き取ったようなコメディなんて、地雷を踏むのが目に見えている。だから俺は最初から観に行かなかった。


映画も人生も、予定調和のきれいごとなんぞ酒の肴にもなりやしない。女の不条理なワガママに振り回され、男が冷や汗をかきながら右往左往し、欲望がドロドロに混ざり合う裏舞台――そこにこそ、人間の本性と狂おしいほどの愛おしさが宿るのだ。熱海の海がニューヨークの夜景に化けるような、あの不埒で美しい奇跡を、俺は夜が更けるたびに思い出してしまう。


〈了〉



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