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【一寸一息】江戸の「飲む点滴」に騙されるな。夏の甘酒が持つ、甘美な毒と真実

江戸っ子が八文で買い求めたのは、単なる栄養補給ではない。真夏の汗と熱気の中で飲む、熱々の甘酒という狂気。



甘酒は夏の季語だの、「飲む点滴」だのと持ち上げるメディアの決まり文句には、正直もうヘドが出る。猫も杓子も「米麹の優しい甘み」「夏バテ防止」と、まるで聖水のように崇めているが、少し冷静になったらどうだ。酷暑のさなかにドロドロとした甘い汁を腹に流し込むなど、正気の沙汰ではない。だが、江戸の町人が天秤棒の担ぎ屋に八文を差し出し、汗を吹き出させながら喉を鳴らしたという事実だけは、妙に私の心をざわつかせる。

江戸の甘酒は、現代人が気取る「健康オーガニック飲料」などという生ぬるい代物ではない。冷房も氷もない時代、灼熱の長屋で腐りかける体を奮い立たせるための、いわば気休めと意地が詰まった「毒薬」だ。暑さに負けそうな己の胃袋へ、発酵した米の熱量を叩き込む。汗をかいて体温を下げ、ブドウ糖で無理やり脳を覚醒させる。そこにあるのは優しさではなく、生き延びるための執念だ。京都や大坂では夏の夜だけに絞って売られたというが、暗闇の中で飲むその一杯は、さぞかし淫靡で妖しい味がしたことだろう。


現代の我々はどうか。冷房の効いた部屋で冷やし甘酒にレモンを絞り、「すっきりして飲みやすい」などと抜かしている。生姜を添えて整った気になっているが、そんなお上品な飲み方で江戸人の野性に追いつけるはずもない。甘酒の本質は、米と麹が醸し出す圧倒的な濃度と、誤魔化しのきかない発酵の匂いだ。砂糖を使わない自然の甘みなどと美辞麗句を並べるが、あれは米のでんぷんが分解されて生じた、生々しい糖分の塊に過ぎない。舌にまとわりつく圧倒的な甘さは、疲れ切った体に容赦なく突き刺さる。

もし手作りするなら、炊飯器の保温ボタンを押して放っておくだけの軟弱なプロセスに満足するな。55度から60度という絶妙な温度帯で麹菌に命を削らせ、8時間じっくりと米を腐敗すれすれの甘みへと変貌させる。その過程をじっと見つめる時間こそが、甘酒の毒を喰らう準備なのだ。冷やして飲むのも一興だが、本当に暑さに勝ちたいなら、あえて蒸し風呂のような台所で温かいまま煽ってみろ。体中から吹き出す汗とともに、日頃の生ぬるい生活で鈍った感覚が吹き飛ぶはずだ。


「飲む点滴」という言葉に甘え、健康になった気でいる現代人への特効薬。甘酒とは、胃袋を揺さぶり、生きている実感を引きずり出すための劇薬なのだ。


〈了〉


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