【激辛コラム】芥川龍之介に救われた小4が、毒とプライドを隠し持って小説家になるまで
「私が書けないのに、なぜあんたが受賞するわけ?」――同業者への嫉妬と劣悪な執筆環境を抱えたまま新人賞を奪い取った、ある兼業ライターの毒々しくも泥臭い生存戦略。
山本莉会(やまもと・りえ)
1986年大阪府生まれ。東京都在住。近畿大学文学部卒業後、広告会社を経て編集プロダクションに勤務。2025年、文芸評論家として宮崎智之との共著『文豪と犬と猫 偏愛で読み解く日本文学』(アプレミディ)出版。2026年、「むこうの景色は知らない」で第12回林芙美子文学賞受賞。プロフィール写真は舐められないように怖い顔で。

綺麗ごとの「平和学習」で吐き気がした夜
「戦争反対」
小学校の授業で全員が唱えるその綺麗ごとに、胸の奥でどす黒い反吐が込み上げていた。
第12回林芙美子文学賞を受賞した山本莉会は、満州鉄道の社員だった祖母と中国人の祖父、その間に生まれた母を持つ。日本と中国を行き来しながら育った少女にとって、言葉は家族を助けるための単なる「アイテム」だった。
だが、学校の平和学習は彼女を救うどころか追い詰めた。自分が存在するのは、あの凄惨な戦争があったからだ。加害と被害の歴史の狭間で産み落とされた自分が、どのツラ下げて「戦争反対」と叫べばいいのか。
「自分の中に、めちゃくちゃ汚い自分がいる。人に見られたら嫌われる」
そんな焦燥感の泥沼から彼女を引っ張り上げたのは、図書室で出会った芥川龍之介の『トロッコ』だった。暗闇の坂道を一人で走る主人公の姿に、彼女は救われた。「綺麗ごとでは救われない、どす黒い感情を抱えたまま生きてもいいのだ」と。
政治や社会という「99匹」をすくい取る網からこぼれ落ちた、残り「1匹」の惨めな自分。その1匹を救うために、彼女は広く読まれる小説家になると心に誓った。
逃げ続けた15年と、3時間の深夜覚醒
……と、ここまでは美談だ。だが、現実はそう甘くない。
大学で創作を学びながらも、22歳の時に一度諦めてからの彼女は、見事なまでに小説から逃げ続けた。広告会社に入り、編プロ(編集プロダクション)へ転職し、商業ライターとして器用に文章を突っつくなかで満足していたのだ。
「リア充」の仮面を被り、酒を飲み、子育てに追われ、「私、書く側の人間ですから」という顔をして読書に耽る日々。しかし、子どもが一人で寝るようになった4年前、悪霊のような執筆欲が目を覚ます。
「あれ、なんで私、東京に来たんだっけ?」
逃げるのをやめた彼女の執筆環境は、狂気そのものだ。フルタイムの編プロ勤務にワンオペ育児。まともな執筆時間などあるはずもない。
彼女が選んだのは「締め切り5日前からの深夜覚醒」だった。家族が寝静まった夜21時から朝の3時まで、自室にこもりっきりで原稿を殴り書く。5日間で100枚近くをぶち上げ、締め切り直前の23時58分に送信ボタンを押してベッドに倒れ込む。
ライターとして培った筋トレの成果と言えば聞こえはいいが、要するに崖っぷちに自分を追い込まなければ書けない性分なのだ。まともな人間のスケジュールではない。

「でしょうね!」という傲慢と、敗北感の毒
今回、満場一致で林芙美子文学賞をかっさらった『むこうの景色は知らない』は、スマート農業と限界集落を舞台にした一作だ。
主人公は決して「正しい人間」ではない。嫉妬、保身、排他性――人間が隠しておきたいドブのような感情を、冷徹な筆致で炙り出している。
「最終選考の連絡を受けた時、『でしょうね!』と思いました」
インタビューでさらりとそう言い放つ山本の不敵さには、吐き気がするほどのプライドと自信が滲む。これまで落選のたびに膝から崩れ落ちていたというが、その裏にあったのは「私の方が絶対に面白い」という執筆者のエゴだ。
取材を終えた帰り道、筆者(清)は惨めな敗北感に打ちのめされていた。「子育てで時間がないから」「仕事が忙しいから」と言い訳を用意していた自分に対し、山本は同じ条件どころか、さらに過酷な状況で結果を出してみせたのだから。
山本莉会という作家は、決して上品な聖人君子ではない。自分の中のどす黒い部分を飼い慣らし、昼はライターとして世間にへつらい、夜は深夜の自室で毒を削り出して原稿用紙に塗りたくる。
「1円も払っていないのに、他人が自分の小説を読んで評価してくれる。新人賞の門はいつでも開いている」
そう笑う彼女の目は、冷たく、そして恐ろしいほど澄んでいた。政治にも、学校教育にも、SNSの優しい言葉にも救われなかった「社会の取りこぼした1匹」を殺さないために、彼女はこれからも深夜の闇の中で毒を吐き続けるのだろう。
〈了〉
【インフォメーション】
林芙美子文学賞
北九州市が主催する新人賞。これまで、高山羽根子、朝比奈秋、鈴木結生などが受賞し、芥川賞作家も輩出。次回、第13回の選考委員は、今回と同じ井上荒野、角田光代、川上未映子の3名。
【賞】100万円 【枚数】400字詰原稿用紙で70枚以上120枚以内。受賞作は「小説トリッパー」(朝日新聞出版)に掲載。 【締切】2026年9月11日(当日消印有効)
詳細は
https://www.kitakyushucity-bungakukan.jp/award_cat/hayashi/
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