🥟 AIと孤独じゃないグルメ:麻婆ダイニング茉莉花「勝手改善会議」
本日グランドオープン。
大阪・阿波座の交差点から少し歩いたところに、その店はある。「麻婆ダイニング 茉莉花(ジャスミン)」。
ただ、タイミングは少し……いや、正直に言ってかなり悪い。
5月8日。
ゴールデンウィークという長いお祭り騒ぎが終わり、人々が現実という名の重力に押し潰されている「谷間」の日だ。
本町・阿波座界隈は、ビジネス街である。
連休明け直後、「よし、今日は景気良く飲むぞ!」という脂の乗った空気になりにくい。
18時台だというのに、街が妙に静かだ。帰路につくサラリーマンの背中も、どこか心許ない。
店の前へ来る。
並んだ祝い花の鮮やかな色。
まだビニール特有の匂いがしそうな真新しい看板。
油ひとつ跳ねていない、ピカピカのオープンキッチン。
そして、客がいない。
私は思う。
これは、入らなあかん。
飲兵衛には、そういう「新店の灯を消してはならぬ」という謎の義理がある。
「空いてる新店を見ると、吸い寄せられるように入店したくなる現象って何なんやろな」
AI「酒場互助会精神、あるいは『俺がこの店の最初の伝説になる』という生存本能かもしれません」
「それや」
今日は普通にテスト客として入る。
名付けて「勝手リサーチごっこ」だ。
もちろん、私は飲食コンサルでも経営専門家でもない。
ただ四半世紀、酒場を這いずり回ってきた一介の酔っ払いとして、「ここ、こうしたらもっと化けるのにな」を勝手に妄想する遊びである。
もし検索でこの文章に辿り着いた関係者の方がいたら、「ああ、また酔っ払いが管を巻いとるな」ぐらいで笑い飛ばして欲しい。
先に言っておくが、料理はちゃんと美味しい。
ポテンシャルがあるからこそ、「もったいない」が透けて見えるのだ。
中へ入る。
スタッフの雰囲気からして、おそらく中国人コミュニティ系の小規模経営だろう。
だが、その最大の武器であるはずの「本場感」を、少し隠しすぎている気がした。
「もっと中国感、前面に出してええ気がするな」
AI「『普通の中華』というレッドオーシャンを避け、独自の世界観を提示すべきです」
「それや」
例えば、挨拶だ。
「いらっしゃいませ」も悪くない。
だが、扉を開けた瞬間に、
「ニーハオー!どうぞー!いらっしゃい!」
ぐらいの、大陸の風が吹き抜ける勢いがあっても面白い。
客は「飯」を食べに来るだけでなく、「非日常」を買いに来ているのだから。
あと、おしぼりの問題だ。
今は清潔な紙おしぼり。合理的だ。
だが、私は声を大にして言いたい。「熱いタオルおしぼり」が欲しい。
「酒飲みって、なんであんなに熱いおしぼり好きなんやろな」
AI「それは単なる衛生用品ではなく、一日の疲れをリセットし、戦闘態勢に入るための『儀式』だからです」
「それや」
それも、こちらがお願いする前にスッと出てくるのが理想だ。
酒飲みにとって、熱いおしぼりは単なる布ではない。
宴を始めるための「スターターピストル」なのだ。あの熱気で顔を拭きたい誘惑(我慢するが)と戦いながら、最初の一杯を待つのだ。
さて、注文だ。とりあえず「Aセット」を頼む。
店内の黒板にはこうある。
Aセット 1650円
Bセット 2860円
Cセット 3960円
……いや、中身を教えてくれ。何が出るねん。
「情報少なすぎるな。闇鍋を頼む勇気は、初見の客にはないぞ」
AI「情報不足は、顧客にとって『リスク』と定義されます。心理障壁を爆上げしていますね」
「それや」
私はこういう「得体の知れなさ」も愛せるタイプだが、普通の人は怖い。
特に本町や阿波座のオフィス街では、ビジネスマンは「ハズレ」を極端に嫌う。
せめて写真を一枚貼るか、内容を箇条書きにするべきだ。
人間は、「高い」ことよりも、「何が出てくるかわからない」ことを怖がる生き物なのだ。
ちなみにAセットの内容はこうだ。
酒一杯
台湾風枝豆
ナスの和え物
バリバリ手羽先
手作り餃子
今日はオープン記念でなんと半額。
「この立地でこの内容は、かなり攻めてるな」
AI「コストパフォーマンスにおける強力な競争優位性があります」
「それや」
まず、ビールが来た。
……が、サイズが「小」だった。

値段を考えれば妥当だ。算数としては合っている。
だが、酒飲みは論理で飲んでいるのではない。情緒で飲んでいるのだ。
ジョッキを掴んだ瞬間に脳をよぎる「……あ、小さい」という微かな落胆。
これが初手の印象を左右する。
「一杯目は『景気』やからな。計算が合ってても、心が合ってへんねん」
AI「初期体験における満足度の最大化が、リピート率に直結します」
「それや」
ここは原価を削ってでも中ジョッキでいくべきだ。
酒飲みは、一杯目に「今日は良い夜になりそうだ」という予感を買っているのだから。
料理の一皿目、枝豆。

普通に美味い。が、「台湾風」を名乗るには少しインパクトが大人しい。
「台湾、どこへ行った? 迷子か?」
AI「コンセプトと実体験の乖離。演出による差別化が不足しています」
「それや」
例えば、ニンニクと麻辣でサッと炒める。あるいは花椒を軽く振る。
それだけで、一気に「台湾の夜市に来たな感」が出る。
客は豆を食べているのではない。「異国への片道切符」を食べているのだ。
続いて、ナスの和え物。
……いや、これ。和え物というか、ほぼ「煮浸し」である。
しかも驚くほど丁寧だ。綺麗な飾り包丁まで入っている。

「料理人、腕は確かなんやな。仕事が細かい」
AI「基礎技術の高さが伺えます。信頼できる厨房です」
「それや」
だが、私の脳内は混乱する。
なにしろ店名は「麻婆ダイニング」だ。私の口は、完全に「シビ辛中華」を迎え入れる体制をとっている。
そこに、繊細で優しい和のテイストが飛び込んでくる。
「急に、和食ーーー!」
AI「ブランドイメージと提供価値のミスマッチです。顧客の脳内補完が追いつきません」
「それや」
料理単体は、文句なく美味しい。
ただ、「麻婆ダイニング」という物語の第一章としては、少しジャンルが飛びすぎているのだ。
そして、真打ちが登場した。
「バリバリ手羽先」。
ここでようやく、私の中に「中国」が降臨した。

甘酸っぱいスイートチリソース。
そして、中華料理屋でしか見かけない、あの「ピンク色の揚げ煎餅」。
「やっと中国に着いたわ。この煎餅にパスポートスタンプ押してほしい」
AI「記号的演出が成功しています。視覚的にも『中華』を認識しました」
「それや」
あのピンク煎餅、味はほとんど空気なのだが、不思議と「ああ、俺は今、中華を食べている」という安心感をくれる。
こういうのでいい。こういう、小さな、わかりやすい記号が欲しかったのだ。
最後は餃子。6個。
注文を受けてから、焼いている。皮はモチモチ、底はパリッ。
文句なしに美味い。
だが、これまた驚くほど「優等生」で、あっさりしているのだ。
(※すいません、餃子撮り忘れました)
「もっと、性格の悪そうなクセがあってもええな」
AI「大衆化への配慮が、個性を希薄化させている可能性があります」
「それや」
ニンニクをガツンと効かせる。あるいはパクチーを山盛りにする。クミンや八角でエキゾチックな香りを纏わせる。
料理の技術はもう十分だ。次はその上に「この店でしか食えない人格」を乗せてほしい。
あと、これは勝手な老婆心だが、BGMを流した方がいい。
それもお洒落なジャズではない。
聴いたこともないような中国歌謡。あるいは、アジア特有のあの、謎にテンションの高い電子音の音楽。
「ポンチャックやな」
AI「それは、韓国です!」
「ちょっと海外のスーパーマーケットに迷い込んだような不安と興奮が欲しいな」
AI「聴覚情報による空間デザインですね。沈黙は新店の不安を増幅させます」
「それや」
今の店内は、開店直後の客の少なさも相まって、少し静かすぎる。
飲食店において「賑わい」は最大の調味料だ。
店員さんも、もっと大声で喋っていい。厨房の活気が、客の安心に繋がる。
散々勝手なことを書いてきたが、これは全部「美味しかったから」書いている。
どうでもいい店なら、私は何も言わずに会計を済ませ、二度と戻らない。
勝手改善案を出したくなるのは、「ここ、もっと面白くなるはずや」という確信があるからだ。
「これぞ、善意100%の勝手改善会議やな」
AI「顧客の愛着形成(エンゲージメント)の過剰な発露ですね」
「……なんか、急に冷めたコンサルみたいな言い方するなよ」
というわけで。
もしこの文章に辿り着いた方がいたら、「酔っ払いの独り言」として笑って流してほしい。
私はまた行く。
次に行った時、店内が爆音の中国歌謡に包まれていて、中ジョッキがドンと出てきたら、私は泣きながら餃子を食べるだろう。
阿波座の夜に、幸あれ。
(※店名は実在しますが、このコラムは酔客の妄想を多分に含んだフィクションです)
