見出し画像

日々の光景、心のメモ #90 〜「スペース」を自ら作りに行く〜

放っておくと、私たちの日常はすぐに「密」になってしまう。
予定、タスク、誰かの期待、そして自分自身の焦燥感。

それらは、まるで隙間なく生い茂る生垣のように、
私たちの視界を塞ぎ、呼吸を浅くさせていく。



1. 密集した日常の中で

この光景を見たとき、ハッとした。
密集した葉の奥で、太陽が燃えている。

光は確かにそこにある。
けれど、枝葉が重なりすぎて、
地面に届くまでに、ずいぶん苦労している。

私たちの心も、これと同じではないだろうか。

やりたいこと。
大切な想い。
本来の自分。

それらは常に内側で光を放っているのに、
日々の「忙しさ」というノイズに遮られ、
外側からは、見えなくなってしまう。

だからこそ、私たちは
「スペースを作りに行く」 必要がある。

それは、ただ受動的に休むことではない。
生い茂った枝を剪定するように、
「今、本当に大切なものは何か」を問い直すことだ。

そして同時に、
自分の人生そのものに、問いを向けることでもある。

私は、どこへ向かおうとしているのか。
どんな人生を生きたいと、心の奥で願っているのか。

GOAL やビジョンは、
忙しさに覆われたままでは、輪郭を持たない。

日常の密集をほどいたとき、
その問いは、ようやく静かに立ち上がってくる。

見つめ、問う。
逃げずに、曖昧にせずに。

それが、スペースを作りに行くという選択の、
本当の意味なのだと思う。


2. 切り拓いた先に広がる景色

スペースを作りに向かう途中。
そこには、こんな景色が待っている。

長く伸びる影。
誰もいない、ひらけた道。
そして、死角を照らし出すカーブミラー。

物理的なスペースが生まれると、
そこには必ず、心地よい「余白」が生まれる。

余白があるからこそ、
自分の影――つまり、今の立ち位置――を、
一歩引いた場所から、客観的に見つめることができる。

余白があるからこそ、
ミラー越しに、
日常の渦中では見えていなかった
新しい可能性に、気づくことができる。

「スペースがない」と嘆いてしまうのは、
まだ自分がそこへ
「作りに行く」という選択を、
していないだけなのかもしれない。


3. サードプレイスという「心の呼吸」

家でも、職場でもない。
自分を取り戻すための「サードプレイス」。

それは特定の場所を指す言葉だけれど、
本質的には、
自分の中に作り出した「スペース」そのものだと思う。

今日、私は私のためにスペースを作る。

スマホを置くのではなく、
スマホで、目の前の景色を写す。

光の入り方。
影の伸び方。
その一瞬だけが持つ、かたち。

シャッターを切ることで、
時間が、ほんのわずかに立ち止まる。

その「切り取られた瞬間」が、
思考の速度を落とし、
心に余白を生んでいく。

その余白に、
どんな新しい光が差し込んでくるのか。

写真越しに見える世界の中で、
私の GOAL やビジョンの輪郭が、
静かに浮かび上がってくるのかもしれない。

それを見届けることが、
今の私にとって、
一番贅沢で、一番必要な「時間」なのだ。

作りに行ったスペースの分だけ、
明日の私は、
きっと、もっと遠くまで見渡せるようになっている。

そしてその視界の先で、
私はもう一度、人に向き合えるようになる。

自分の内側に余白があるからこそ、
相手の言葉を受け取り、
相手の存在に、静かに目を向けられる。

そうしていつか、
無理に何かを与えようとしなくても、
ただ在り方として、
人に笑顔を届けられるようになる。

いいなと思ったら応援しよう!