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🍀#38☘️つづく☘️みちくさ②|当たり前は変わっていく|あの頃、娘はどんな景色を見ていたのだろう 


来月は八月。夏休みを楽しみに思う頃🍉

七月の中頃になると、兄妹の誕生月でもあり、
少しだけそわそわする季節です。

そして、思い出す景色があります。

梅雨が明けた、少しカラッとした日差し🌞

見える景色が明るく、キラキラする緑に花々。


これは、息子が幼稚園に入園した頃の話です。


娘は息子と二歳違い。
同じ七月生まれの兄妹です。


入園する前まで、娘と息子と私の三人で過ごす
毎日が、当たり前の日常でした。


自転車に乗って公園へ行く。


景色を眺めたり、
寄り道をしたりしながらのサイクリング🚲️🚲️


そして、いくつもの遊具に挑戦して遊び、
飽きることなく過ごしました。


週末には夫も加わって、  
また公園へ出かける(笑)。

そんな日々が続いていました。


息子が幼稚園に入園すると、
私の生活は大きく変わりました。


毎朝のお弁当づくり。
送り迎え。



新しい生活に慣れることに精一杯で、
一日があっという間に過ぎていきました。


あの頃の私は、それだけで
精一杯だったのだと思います。


でも、幼かった娘は、
説明を受けることもなく、その流れの中で当たり前のように毎日を過ごしていました。


だから今になって思うのです。

そしてふと考えるのです。


娘はどんな景色を見ていたのだろう。


園に入って三か月。

娘と息子と三人で歩く通園路には、
小さな楽しみがたくさんありました。


玄関先に並ぶ植木鉢。
木や草花。
そのそばには、動物の置物たち。


「あの曲がり角まで行くと?」

「うさぎさん。」

「その右側のお家には?」

「とりさん。」

「そして、きれいなクルクル(かざぐるま)。」

「もう少しだね。あれ、あそこには?」

「カメさん。」「カエルさん」

坂を下ると、

「ひつじさん幼稚園、到着。」

帰り道は、娘と私。

同じ道をたどりながら、二人で話をしました。


毎日同じ道なのに、毎日違う発見がある。

そんな時間でした。

三人で歩いた時間。

二人で歩いた時間。

時には、お友達を家に呼んだ日。

得意げに家までの道を案内する娘の姿。


新しい生活が始まると、
変化していく風のように、
人はその流れに押されながら
少しずつ前へ進んでいきます。


忙しい人は、その忙しさに背中を押されるように進んでいく。


でも、隣を歩いていた娘は、
私とは違う景色を見ていたのかもしれません。


息子は幼稚園という新しい場所へ、
自分の歩幅で進み始めました。


では、娘は?


何か大きな変化があったわけではなく、
ただその流れの中にいるように見えていました。

でも、本当に
「ただ、受け入れていただけなのでしょうか?」


数年後、
息子がバスケットボールを始めた頃。


私は、兄の習い事だから娘も一緒に付き添う、
という考えではありませんでした。

娘には娘の時間があると思っていたからです。

本が好きな娘。


バスケの練習の日は、本屋へ行きました。


たくさん並ぶ本の中から、
自分が心惹かれる題名を探す。

「これ、読んでみたい。」

そんな一冊との出会い📖


練習時間の間に、何回かに分けて読むのかなと
思っていた私の予想を超えて、
娘は一冊を読み終えていました。

「もう読み終わっちゃったの?」
「どんな本だったの?」

そんなふうに声をかけると、
そこから娘の世界の話が始まります。

娘には、娘の世界がありました。

その時、私は思いました。

同じ家で暮らしていても、
同じ時間を過ごしていても、
見ている景色は一人ひとり違うのだと。


あの頃には気づけなかった

子どもの気持ちも、家族の時間も。


その時には見えなかった景色が、
あとから少しずつ見えてくることがあります。


だから今、あらためて思うのです。


あの頃、娘はどんな景色を見ていたのだろう。


当たり前の日常が変わっても、
娘は兄の帰りを待ち、その時間を楽しみながら、絵を描いたり、
本を読んだりしていました。

兄に向けた「あいうえお表」を声に出して読み、
風邪で寝込んだ私には、
片言で絵本を読んでくれました。


あの頃の娘は、娘の歩幅で、
自分だけの景色を見つけながら
歩いていたのでしょう。


そして私は今になって、
その景色を少しずつ想像しています。


 あの頃、娘はどんな景色を見ていたのだろう。
 覚えているかな。

あの頃から今へ。

彼女の時間も、私たちの時間もつづいています。



追伸🌱

あなたは、ほんの少しでも「自分だけの時間」を持っていますか。

その時間は、きっとその人だけの魅力につながっていくのだと思います。

森の中にそっと隠された宝箱のように。

無理に開けなくてもいい。

話したくなった時に、自然と話せる。

そんな安心できる場所や人があったら素敵ですね。

私は、「話してみようかな」と思ってもらえるような人でありたいと思うのです。

あなたの心にも、そんな大切な場所がありますか。

状況が変われば、その時その時で変わっていく、当たり前の生活。

当たり前はずっとそこにあるものではないのかもしれませんね。

そしてお互いに居心地のよい関係をつくっていくことなのかも知れませんね。

当たり前も進化していく・・・🍃

当たり前とはしなくてはならないことなのかな?
それとも自然に馴染んでいくようなきもちなのかな?


🌱はじめての方へ☘️

「みちくさ中☘️」では、家族との時間、子育て、仕事、人との出会いの中で立ち止まった出来事や、そこから生まれた気づきを綴っています。
答えを書く場所というよりも、白地図帳に色鉛筆で景色を書き足していくような記録です。
これから書いていく記事の入口はこちらです🌱
🔗https://note.com/good_coyote254/n/n6ef82f0f00fd


👉 #7「はじめまして|みちくさ中☘️の入口





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