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🐾#32🐾2026/6月|道路と家の境界線🪴この場所から見える景色🐈‍⬛∥つづく学び日記(老猫18歳)⑥

発作以来、部屋で過ごす時間が多くなった😣

台所。私の机のイス。星柄のクッション。
床の上。息子の机。

部屋のあちこちで寝ている姿を見かける。

そして時折、台所にあるキャットタワーの最上階を下から見上げている日がある。

以前は当たり前のように登っていた場所。

あの場所のことを覚えているのかな。

発作以来、高い場所は少し心配になる。 

 🍃  🍃  🍃  🍃  🍃  🍃  🍃

細長いウナギの寝床型の土地😅

道路から玄関までは
車2台分ほどの奥行きがある。

住むところはキュキュっと圧縮。

うちの玄関は引き戸タイプ。

引き戸を少しだけ開け、網戸代わりの布を
のれんのように掛けている。

その向こうを通る人の姿が、うっすら見える。

開いていても出ない。

それもまた、ぺんの選択だった。

そんなある日。

ぺんは、そののれんの前に座り、
じっと道路の方を見ていた。

今日は、そのさらに一歩前。

家の中の最前列までやってきた。

戻るの?

それとも行くの?

私は少し複雑な気持ちで見ていた。

すると、

そろり。

ソロリ。

ソロリ。

のれんをくぐり、久しぶりに外へ
一歩踏み出した。

本当に久しぶりの外だった。

半外猫だったころのぺんは、朝になると出かけて行き、どこにいるのかわからなかった。

けれど帰宅すると、どこから見ていたのか、

「にゃ〜」

とひと鳴きして、ガレージの入口から
玄関まで一緒に歩いた。

また

隣の義母に声をかけ、
自宅へ戻ろうとすると、玄関前で

「いましたよー。ずっと見てましたー🐈‍⬛」

そんな顔で待っていることもあった。

夫の仕事道具棚の上で寝ていたり。

階段下で伸びていたり。

ごちゃごちゃしたこのガレージは、
外でありながら家でもある。

夕方前。

日が陰りはじめたころ。

ガレージ正面の植木鉢の枯れた花を、
夫がチョキチョキと切っていた。

その横でぺんは、久しぶりの外の空気を感じながら、どこか安心した様子で座っていた。

道路と家の境界線。

若いころのぺんなら、迷わず道路へ
出て行っただろう。

でも18歳になったぺんは、
 境界線の上で景色を眺めていた。

外でもない。

家の中でもない。

今のぺんにとって心地よい場所が、
そこなのかもしれない。


私もまた、その姿を見ながら、
変わっていく時間を受け取っていた。


 

追伸🌱

家にいてくれると安心する。
あの発作が外で起きたらと思うと、
どうしてもそう思ってしまう。

でも休みの日にこうしてぺんを見ていると、ふと考える。

私たちが仕事の日は、どんなふうに過ごしているのだろう。
退屈ではないのかな。
閉じ込められたように感じていないかな。

そんなことを考えてしまう。

けれど今日のぺんを見ていて思った。

私たち以上に、ぺん自身が自分のことを考えているのかもしれない。

だから外へ出なかったのかもしれないし、
今日こうして久しぶりに外へ出てみたのかもしれない。

若いころのぺんも。
今のぺんも。

どちらも、ぺんなりに景色を選びながら生きている。

ぺんにしてあげられることは限られている。

だからこそ私たちは、
「今のぺんに何ができるだろう」
と考えながら、一緒に暮らしている。

そして今日のぺんは、
道路と家の境界線で、
しばらく景色を眺めていた。


追伸②🌱
囲ってしまえば安心。 でも、ずっと見ていることはできない。
それはお休みの日限定。
ふと、一人暮らしの母のことを思った。
見守ることと、 自由に過ごしてもらうこと。
その境界線もまた、 簡単ではないのかもしれない。


👇書く予定にしている日記は、
こちらの#7の予告に追記します🙇


※はじめての方へ🌱
この日記は、認知症の母との暮らしの中での気づきと、私と家族の日々を書いています。


最初から読むなら
👉 #7「はじめまして|つづく学び日記の入口」に、これまでの流れと読みやすいまとめを置いています。よろしければ、そこからゆっくり辿っていただけたら嬉しいです🌱
🔗https://note.com/good_coyote254/n/n34f548207d0b



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