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壊れないホンダと、壊れそうな世界

朝から大雨が降っている。

窓の外は真っ白に霞んでいて、いつ止むのか見当もつかない。手持ち無沙汰にスマホを開くと、ネットニュースは中東情勢の話題で埋め尽くされていた。悲惨な映像が流れるたびに、胸のどこかがじんわりと重くなる。不安と憤りが、雨と共に朝の空気を重くする。

でも気づくと、僕の頭の中はすでに別のことを考えている。

雨が弱まったら買い物に行かなければ。あそこに電話もしなければ。

世界の惨状に心を痛めながら、思考は静かに、個人の些細な日常へと引き戻されていく。この感覚に、罪悪感を覚えている。何もできないくせに心だけ痛めて、次の瞬間には夕飯のことを考えている自分が、どうにも情けない。

でも、そのループに入ってはいけないのだ。

僕に世界をどうにかする力はない。それは厳然たる事実だ。だとすれば、自分の日常を淡々としっかり生きること。いつも通り暮らし、仕事をして、人生を楽しむこと。それが僕にできる、ほんのわずかな世界貢献なんじゃないかと、そう思っている。


雨が少し弱まった。

今日はちらし寿司を作ろうと企んでいる。酢飯の素も卵も準備済み。あとは刺身だけだ。

排気音のうるさい2スト原付きを走らせてスーパーへ向かう。中古で買ってもう6年近く経つが、いまだにバリバリ走る。「プレミアつくんじゃない?」とか「懐かしい、初めて乗ったバイクだわ」とか言われるやつだ。ある意味、もう壊れてほしい。いっそ買い替えたい。なのにホンダのバイクというのは、なかなか壊れてくれないのだ 笑。

スーパーの刺身コーナーに直行すると、ビッグサイズしか並んでいない。ちょうどいい切り身があると思えば、マルタ産マグロ。沖縄産の倍の値段だ。僕が求めているのは、安価な島産のマグロなのに。

刺身は諦めて、他のものだけ買って帰路についた。夕方、刺身屋で買おう。


物資が不足しがちなこの島で、刺身だけは毎日どこかで手に入る。至るところに刺身屋が点在しているからだ。島の刺身業界はなかなかの激戦で、惣菜を売ったり、レアな魚を仕入れたり、SNSでマーケティングしたりと、各店が工夫を凝らしている。

でも僕がいつも行く刺身屋は、開店時に旗を一本立てているだけ。品目も2〜3種類。昔ながらの形態を、頑なに守っている。

家から近いというのが一番の理由ではある。でもそれだけじゃない。妻も「ここの刺身は食感が違う」と言うように、とにかく美味しいのだ。魚の処理の丁寧さが、味に出ているんだろうと思っている。そして1パック300円という手頃さ。「買いたい」という状態を、余計なことを一切せずに作り上げているこの店のやり方は、何かを売ろうとしている人間なら誰でも学べるものがあると、刺身を食べるたびに感じる。


いつもの日々を送っているうちに、今日も一日が終わっていく。

夜にニュースを開けば、また世界情勢の話題が押し寄せてくるだろう。災いは時代も場所も選ばないし、なくなることもない。それは、やむを得ないこととして冷静に受け止めたい。自分にできることには限界があるし、ぶっちゃけゼロに近い。世界で起きていることに、僕は無責任でいる。それが今の僕の、正直な結論だ。

自分の毎日をきちんと生きること。

それが、僕にできる唯一の世界貢献だと思っている。ちらし寿司は、美味しくできた。

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