ゆるく島暮らしと言えど、キツイ日々もあるもんだ
今週は仕事がハードであった。仕事中心の日々はどうしても記憶が薄く、何を考えどう過ごしてきたのか不明確で、何かを書こうと思うが話題もぱっと閃かない…
(タイトル画面はオオヒキガエル)
せわしなく働く中で頻繁に考えていた事といえば、過去(関西でのサラリーマン生活)との比較であった。今の忙しいは、過去の日常レベルの忙しさだ。もっと言えば、過去の自分から見れば何て事ない疲労かもしれない。
サラリーマン時代、瞼がいつも痙攣していた。動悸、頭痛、感情の欠損、キリがないぐらい不調を抱え、それでも真面目に仕事に行き、何が楽しいのか、何故働くのか、何のために生きているのか、そんな事ばかり考えていた。
今は多少の筋肉痛と小さなイライラがある。晩御飯は何にしようか、釣りは何処に行こうか、今日は夕焼けがキレイだろうか、そんな事を考えている。
過労による不調や、心の乱れを自己認識するには、過去の経験が必要だと思う。かなりの無理をしたり、メンタルが大底に付く程の苦しみを味わったことが、長い人生観で見た場合には大変有用な指標となる。結果的には、辛く厳しい日々を経験し、今があるとつくづく思っている。
もし子供ができ、愛する我が子が辛いと言っている、もしくはそう見える場合どう助言し導いてやることが良いのだろうか?
逃げろ、立ち向かえ、とりあえず頑張って耐えてみろ…どれが正解なのか?
直ちに起こりもしない、一生遭遇する事がないかもしれないシチュエーションを真剣に妄想してしまった。
我が人生(約35年)においては、25年辛く幸せは10年程だと思う。たいへん悲惨なルートを辿ってきたようだ 笑。結論の繰り返しだが、現状の幸せは、辛さから学んだ膨大な有益情報の賜物である。なので、辛さは経験必要で若い時に痛いくらい味わうべきだと個人論としては思っている。ただし、限度はあるので用心すべき難しいポイントでもある。
仕事が忙しくて疲れている。腰がいたい。愚痴や弱味を書き連ねようと企んでいた。書き出してみると、偉そうに過去を語る、人生論や子育てに口を挟むなど、思わぬ方向へと行くものなのです 笑。
書きながら思ったことを書き、また思って書いて繋げていく。そんな今日でありました。明日も良い1日になりますように~。
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