3行日記 8月30日 悲しみという糧
先週、テレビ東京の「家、ついて行ってイイですか?」という番組を見ていた。
そこに登場したのは、50歳くらいの名バイオリニストの女性だった。
彼女は、若き日、婚約者に裏切られ、さらに腱鞘炎で一年間バイオリンを弾けなくなった。
人生そのものが崩れるような思いをしたという。
けれど彼女は、今、こう振り返っていた。
「大失恋があったからこそ、音楽に深みが生まれた。
幸せな体験だけを積み重ねても、万人に届く音楽にはならない。」
その言葉に、僕はハッとした。
人は誰もが痛みや孤独を抱えている。
もちろん、何の悲しみや不幸もなく、幸せな人生を送れたら、それはそれで素晴らしい。
だが……。
それは幻想だと思う。
彼女の話を聞きながら、僕自身の人生にも重ねていた。
確かに、過去の自分の辛さ、悲しさ、切なさという引き出しがあるからこそ、
人の辛さや悲しさに共感し、切なさを深く理解できる。
クリエイティブな捉え方をすれば
悲しみや苦しみは無駄ではない。
それらはすべて、自分の「糧」となって、人間としての深みを育て、作品にも深みを与えていく。
だからこそ、悲しみを乗り越えた表現には、万人の心を震わせる力が宿るのだ。


