もう誰も私に「モデルさんですか?」と聞かないでください
「モデルさんですか?」
まちを歩いているとき。カフェに入った時。見知らぬ人にそう聞かれたことがあるだろうか。
私は無かった。全く。
しかし突然それが増えたのは、東京に引っ越してきたのがきっかけだった。
東京へ引っ越し
それまで私は名古屋で働いていた。しかし毎日の激務に疲弊してしまい、思い切って東京の企業に転職してみることにした。
まあ、合わなければ名古屋に帰ればいいから、ちょっとだけ東京に住んでみよう。
東京に縁もゆかりも無いまま来てしまった私は、新宿と渋谷の違いもわからなかった。お洒落な街として有名らしい「代官山(だいかんやま)」の読み方もわからず「よかんさん?」と読んだら、東京の人に「え!読み方、本当に知らないの?」と驚かれた。
東京を早く知りたくて、新居がまだ段ボールだらけなのもお構いなしに、とにかく東京中を散策した。「ほう、ここが原宿か」「表参道ってこんな感じなんだ」
なんだかキラキラしているし、外国人観光客もたくさんいる。これが東京か。名古屋と全然違う…。
かけられる声
しかし変化が起きたのは、私を取り囲むまちだけではなかった。私に掛けられる声も変わったのだ。
道を歩いていると「あの〜!」と追いかけてきた人。振り返ると、「あの、すごく素敵だなと思って。写真を撮らせてもらえませんか?」と、女子大生が肩を揺らしている。私はてっきり落とし物をして、拾ってくれた人が追いかけてくれたのかと思っていた。
彼女は美大生で、「表参道で輝いている人を撮ってくる」という課題があるのだそうだ。そんなお題なら協力側もいい気分になるから、先生は良いお題を考えたものだと感心した。というか、なんてお洒落な宿題なんだ。
また別の日、ヘッドフォンをしてスタスタ歩いていると、誰かに追いかけられて肩を叩かれた。「はい?」と振り返って音楽を止めると、「あの…!僕、美容師をしていて。今度パーマさせてもらえませんか?」
気づいた共通点
こんな具合に、歩いている道端やふらりと入ったカフェなどで、そういうことが何度も起きた。
しかしここで、興味深かった点がある。それは、どの人も最後に「お姉さんって、モデルさんですよね?」と付け加えていたことだ。
モデル?
「いえいえモデルじゃないですよ」と答えると、相手はキョトンとして「そうなんですか?」「え、なんでモデルにならないんですか…?」と聞いてきた。
「う〜ん、なんででしょう。モデルかあ。笑」と、私は毎回誤魔化した。
でも、誤魔化せたのはその場だけで、自分の心までは誤魔化せなかった。
私が気づいたのは、「いえ、モデルじゃないですよ」と笑って答えるたびに、なぜだか胸がチクリとすることだった。
どうかお願い!もう誰も、モデルかどうか聞いてこないで!私の心はズタズタよ!
でも、どうしてこんなに心が傷つくのだろう。
この傷は何?
ただ「それ」を聞かれるだけで、こんなにグサリと来るのは、なぜだろう。
昔からだ。「あなたって本当にモデルみたい」と言われるたび、私は正直傷ついていた。なぜなら残酷にも、「モデルみたいな人」は「モデルではない人」を意味するのだから。
ああ、そうか。
私、あの質問に「はい」と言える人になりたいんだ。
「モデルさんですか?」
「あ…えっと…」
もうみんな、聞かないで。
「違いますよ〜」という言葉で自分を刺す瞬間を、私に与えないで。
私は傷だらけになっていた。
この苦しみから抜け出すための方法は2つしかない。
・もう誰にも「モデルさんですか?」と聞かれないようにする。(どうやって?)
・それとも……。本当にモデルになってしまう。(どうやって?)
でも、どうやって?
ついに、私はモデルになろうと思った。
でも、どうやって?
とりあえず、モデル事務所を片っ端から調べる。こういうとき、東京に住んでいて良かったと思った。だってすぐ面接に行けるから。
モデルの募集要項を見ると、どこの事務所にも「エントリーは23歳まで」と書いてあった。え、私、23歳の頃なんてまだ名古屋にいたんですけど…。このままでは面接に行くどころか、書類すら送れないじゃないか。私は何のために東京に住んでいるのか。
それでも諦めずに、何十もの事務所を見ていると、時々こう書いてあることに気がついた。「23歳まで。※ただし経験者はこの限りではありません」
ふむ…?
そうか。私は23歳を過ぎているけど、経験者になればいいのかもしれない。
経験者になる
つまり私は、モデルになるために、一旦、モデルにならなければいけなかった。言っている意味がわからないと思うが、そんなことを考えている場合ではなかった。
色々なSNSを駆使してカメラマンさんを探し、実績もないのに「撮っていただけないか」とメッセージを送る。すると、快く撮影してくださるカメラマンさん数名に出会うことができた。
そこからは怒涛の1ヶ月。「土曜の午前は渋谷で○○さん」「午後は○○さん」「日曜は下北で○○さん」と、毎週詰め詰めで撮影のスケジュールを入れ、とにかく沢山、撮ってもらった。
全くモデルではなかった先月までの私。だけど今月の私は、もう違う。ついに私は自分の写真を厳選して資料を作り、いくつかのモデル事務所に送った。
するとある事務所から返事があり、面接に呼んでもらうことができた。
面接では「なぜモデルになりたいのか?」など想定していたことは聞かれず穏やかに雑談をした。
こういうものなのかな?とソワソワしつつ面接が終了。最後に席を立つとき「実はもうあなたは、この部屋に入ってきた時から採用したいと思ったの。すごく輝いているし、みんなに愛される人だと思った。よかったらうちで、ぜひ」
そう言ってもらえた時、これは夢かと思った。
・・・
ここは東京、よくある人混み。
「あの…モデルさんですか?」
私はもう、この質問が怖くない。
ビクビクして振り返らなくてもいいし、傷つくこともない。
それがとてつもなく嬉しい。

だって今の私は、「はい」と答えることができるのだから。
