私の子供 出版に寄せて
子供が大きくなること。とても速かった。
病院のガラス越しに初めて彼女を見た時、ただ手足を縮めて泣いていた。真っ赤に怒っていた。
もちろん今も怒る。
「こらあダイスケ、台に乗ったら!!」
ダイスケ君は二歳にならぬ。なんにでも登るし、身を乗り出す。そんなお年頃。
いいじゃん。危ないことはそのうちわかるよ。大体、貴方もベランダから身を乗り出していたよ。
・・・
娘は母になり、孫は赤ん坊から幼児になる。そして僕らは、ただのハゲと白髪のジジとババ。
誰も好き好んで年を取るわけではない。ただ、心臓が動き続けた結果にすぎない。しかし子供という形を残し、どうやらそれが累々と続く。想えばすごい話でもある。
が、子供は必ずしも人間である必要もない。
僕はエッセイを書く。数えられない程の、とるに足らない、まさに駄文を書き続ける。
何故か?
それはよくわからない。多分、生きていることの確認。確かに書いていると、脳は動き、時に心も動く。
そうして出来上がった数千字。僕はこう呼ぶ。子供と。
子宮も持たない我が身から、子供が生まれるはずもない。しかし考え抜いて書き終える。形容詞を書き換えるために、夜中に起きることもある。人はそれを脱稿ともいう。まだこれから整えなくてはならないが。
子供に選り好みはない。僕の娘。長女も次女も大切だ。しかしそれが文章だったら。やはりどれも、書いた時の想いが湧き上がるものだ。
そんな子供達を少しばかり選んで、あるいは書き足して、僕は一冊の本にした。それをまとめる間は、時を忘れた。
そしてそれは本になった。四六判の小さな本。
今月から書店に並ぶという。今はネット社会。アマゾンでも楽天でも。
幸いにも全ての書籍には背番号がつく。ISBN番号。迷子にならぬための名札だな。
出版社は思いのほか綺麗な装丁に仕上げてくれた。白い本に桜の川と思しきイラスト。自分で描いた下手な絵だが、魔法をかけたのだろうか。
子供は、独り歩きを始める。
誰がつけたか、こんなタスキ、いや帯をつけて。
「ガラス瓶のくびれを目掛け、砂が音もなく渦を巻いて落ちていく。
瓶の底でそれは堆積する。
溜まったら戻せばよい。それは永遠に続くから。
倒壊の後、ある男に訪れた人生の深く静かな間奏曲(インテルメッツォ)。
高原から届く三十三の澄んだ掌編」
随分と綺麗に書き足して頂いた。最後の段落を。
これでもう、君は一人歩きだな。
僕は少しだけ嬉しい。そして同時に恥ずかしくて、誇らしい。
* * *
そんな子供、拙著のデータを下記に記します。もし手に取って頂ければ、拙著としては幸甚の極みです。
【出版データ】
題名:『戻らぬ砂時計・戻せば永遠(とわ)に』
作者: 杜 幸多(もりこうた)
出版社: 文芸社
ISBN番号: 9784286277752
金額: 1,200円(税別)
本記事はマガジンに掲載されています。
https://note.com/gontaro_lkf/m/mf2f42d0b0c27
