萩焼のタンブラー
焼き物。実は陶器と磁器の違いも分からない。審美眼などない。
真っ白な陶磁器を眺めていたら……今日も一日が過ぎていく。
そう唄ったのは井上陽水だったか。真っ白な陶磁器とは、想像もつかない。
食器は安いものばかり。ラーメンどんぶりはドーナツ屋の景品だし。確か「いさみや」と言ったか。学生時代の思い出の街、そしてデートの街。下北沢のあの細長く、やや下る人混みの商店街。そこのおしゃれな生活雑貨店で買った夫婦茶碗。夫婦になる前に揃えたものは、割れてしまった。
ドイツとフランスに計六半年ほど駐在していた。その際に買ったのはマイセンとジアン。ドイツとフランス。マイセンは食器入れの奥に、ジアンはパスタやカレー用の皿として使っている。あとは……笠間焼の醤油皿。一枚数百円。そんなものばかり。それで事足りる。伊万里も九谷もない。
気楽なマグカップといえば、ヘルシンキ空港で買ったムーミンパパとムーミンママのマグ。しかし、これもムーミンパパを落としてしまい、割ってしまった。ああ、何ということを。今は娘のくれた犬のイラストのマグカップを使っている。
コーヒーカップセットはピーターラビットがあった。ロンドンで買ったのか香港で買ったのかは忘れてしまった。これもマイセンと同じく棚の奥。もう一セットは萩焼だった。青くて綺麗だった。これは頂き物。萩焼? 山口県の萩。地味で渋く、好きな焼き物かもしれない。あくまで雰囲気だけれど。
あいかわらず安いドーナツ屋のどんぶりでラーメンの昼食。三食で、いつしか二百五十円。ため息。モヤシと肉をどっさりと炒めて載せる。
宅急便が来たのだった。アマゾンで何を買ったっけ? 色々買うから覚えていない。割れ物? えーと、送り主。……あれ、アイツ。
箱に熨斗が貼られている。少し丸みを帯びた字。アイツ、こんなに字が上手かったっけ。まぁ信用金庫の理事さんだからな。
学生時代の友は四年を経て、それぞれの道を歩いたわけだ。アイツは地元にUターンし、地元の金融機関に勤めていた。長い脚。大きな瞳。広い背中。気さくな笑顔。簡単に言うと、いい男。学生時代は互いのアパートを行き来して、銭湯にも共に通った。僕がエッセイ集を出版したと知らせたら、アイツは真っ先に買ってくれたように思う。
出版、おめでとう。か。
たいした作品でもないのにな。申し訳ない。
箱の中から出てきたのは、なんと萩焼。タンブラーが二つだった。白地に藍、白地に朱がそれぞれ溶けている。その色合いは釉薬の手品のように思う。ご夫婦で使うてくれ。そんな奴の声が聞こえそうだった。
僕は彼から何を貰ってきたのだろう。「女性の縁が無いな、ワシら」と傷をなめあったとき。二人で同じ女性を好きになってしまったとき。どうしたっけ。記憶に残るはシワクチャの笑顔。
癌病棟から戻ってきて数か月。還暦まで二年。僕は独り新幹線に乗り、本州最西端の街へと行った。アイツに会うために。
よう、来たな。と抱擁。治療終わったんか、と強く抱擁。こぼれる涙。僅か四年の時を共に過ごし、その十倍の時を経たのに、アイツの声、アイツの身振り、アイツの……アイツの……。小さな嗚咽。
タンブラーはアイツの息遣いを、たちどころに思い出させた。ビールにもワインにもいける。これは使い倒そう。貴方の結婚式の引き出物だった、あの萩焼のコーヒーカップセットも第一線に。
お礼の電話をした。ありがとうね。ついでに探りを入れる。
「今日の晩酌は? 地元の銘酒・獺祭か?」
「いや、ウィスキーに変えたよ。健康を考えてな。お前がスコッチを薦めてくれたから。ホワイトホースばかりじゃ。安いしな。」
「そうか」
僕の街には、車で十分。あの洋酒メーカーの工場がある。
森の中のディスティラリー。黄金色の蒸留機、森閑とした貯蔵庫。ずらりと並ぶミズナラのパンチョン樽。十年、二十年の月日。
早速出かけて、白い箱を買った。原酒が人気で品不足。定価では今はここでしか買えないという。昨年、自分用に買ったけれど、高いから開けていない。樽の中なら分かるけれど、瓶で熟成してどうなる。木の匂いも樽の香りも移らないのに。
絵手紙でも書くか。アイツは七月生まれ。夏の男。茄子がいいな。面長な顔を自ら揶揄して、ワシは茄子ダッチャ、と笑っていたから。
画仙紙のハガキは底をついていた。最後の一枚。筆に水を含ませて、にじませて。ああ、下手糞、でも茄子に見えれば、良い。
白い箱は絵手紙と共に丁寧に包む。僕は宅急便の送り状を丁寧に書いた。しかし一か所間違えた。普段ならボールペンで線を引くところ。しかし僕はボールペンを握りながら言う。
「スミマセン、もう一枚ください。」

