「質問には、直接的に答えよ」と教わったのは、いい経験だった
ある日の営業と工事部の会話。
(営)「〇〇様邸の棚板は、いつ完成しますか?」
(工)『あ、それなら今日僕が8割くらい取り付けてきたよ』
違和感しかないし、そもそも会話が成立していない。
質問される側とする側。仕事をしていれば、日々、こんな質問は繰り返されているが、そのほとんどが無駄な質問になっていないだろうか。
聞かなくても情報が共有されている。
個人的にこの状態が理想。いちいち聞かなくてもいいから、会話上のストレスが発生しない。
会話の話に戻る。
工事の方が問題なのは一目瞭然。この返答が正しいと思っているなら、それ自体が問題。自分が何を聞かれていて、何を答えるべきなのかが分かっていない。質問の意図も汲み取れない。指導するべき対象。
営業の方は、内心では「いやいや、いつ終わるか聞いてんだよ」って思っているはず。しかし、聞かずに引き下がってしまった。年下とか、立場が弱いとか、工事の方が怖いとか、いろんな理由はあると思うが、次回以降も同じ問題が発生しそうだ。
10年ほど前、勤めていた会社に社外取締役としてコンサルタントの方が入社した。15人程度の小さい会社に、社外取締役って、、、と思ったものの、劇的に会社は変化した。
それまでコンサルという人が何をするかすらも分かっていなかったので、慣れるまでに時間がかかった。そこで教わったのは、「論理的思考」だった。
”ロジックツリー” ”MECE” なんて言葉に触れたのもその時。何を言っているか分からないと、コンサルの方についていけない。いろんなことを勉強した時期だった。
その時いつも言われていたのは「質問に直接的に答えよ」だった。
実際に答えることは事実だけ。分からないのであれば、「分かりません」が正しい。そこに感情が入る余地は無い。
何か気まづい事情でもあれば、「え~っと」と濁してしまうが、それがおかしなことは、すぐに見抜かれる。
ただし、このやり取りは良い事の方が多い。
結局、責任を取る側(上司側)が聞きたいことを聞くのは、仕事を円滑に進め、問題を排除するためだ。
しかし、指示を受ける側(部下側)は、自分の体裁や、その日の感情を仕事に反映してしまう。その姿勢に問題がある。
「質問に直接的に答えよ」
これは、一つの社内ルールになった。結果、上司と部下でなくとも、社員同士のやり取りでも直接的に答える社員が増えた。言いづらいという無駄な配慮をしなくていいと気づいたからだ。
質問をしないといけない状況が一番の問題。なぜなら、流れを止めているから。流れを止めている側が、質問にもまともに答えないのであれば、まずはまともに答えるようになるべき。変な先入観は捨て、質問に直接的に答える人材になることが最優先。
また会話に戻るが、「すみません、直接的に答えてもらいたいのですが、いつ完了するのか、日付を教えて頂けますか?」と社内ルールさえあれば、厳しめに詰めることが出来る。
詰めると書いたけど、詰めてはいない。ルールを守っていない人を、正そうとしているだけ。
無駄なやり取りは、社員の時間を奪うだけでなく、何も仕事が進まない。悪循環。
だからこその仕組み。分からない社員であっても、「質問には、直接答えないといけないんだ」と考えさせることが大事。
今でも、そのコンサルの方に言われたことがよぎる。
「今の回答は、直接的だっただろうか」
自分の体に浸み込んだルールは強い。当たり前の様にこなすことが出来るから。
コンサルの方に指導してもらったことは、今にも活きている。勉強になった、ありがたい期間を過ごす事が出来たことに、感謝。
