台湾有事で中国から、「台湾だけ! 台湾だけだから!日本には何もしないよ」って言われたら?
1.台湾有事で、現れるであろう言説「日本の台湾不介入論」
台湾有事とは、中国が台湾に対して軍事的圧力または侵攻を行う事態を指し、地域の安全保障に深刻な影響を及ぼす懸念がある。米中の対立激化や日本の巻き込まれの可能性、経済・物流への影響、国際法や主権問題の複雑性など、多面的な課題を含む。日本にとっては、同盟関係や憲法の制約、国民保護の観点からも重大な政策判断が迫られる問題である。
近年中国の急速な軍事拡大や地域情勢の急速な悪化によって、日本でも真剣に議論がなされるようになった。特に故 安倍元首相が発言した「台湾有事は日本有事」という発言は物議を起こし、記憶にも新しいだろう。おそらく台湾有事はまさしく日本有事となり戦後最も困難な状況に日本は直面することになるであろう。
参考 朝日新聞デジタル「台湾有事は日本有事」 安倍元首相が台湾のシンポでオンライン講演 https://www.asahi.com/articles/ASPD15JM0PD1UHBI01K.html(最終閲覧2025年4月24日)
本稿で記載したいのは台湾有事がなにかということではない。台湾有事については、様々な論考や研究がある為そちらを参照してほしい。今回主眼としたいのは、台湾有事の際に強力な中国側のナラティブとなるであろう「中国は台湾のみに限定しているので、手を出さなければ日本には危害を加えない。だから手を出すな。そうすれば平和のままいられる」というものである。事実中国政府は台湾は中国の内政問題であり、外部の干渉を許さないという公式見解を何度も示している。間違いなく台湾有事となった際には、日本へ上述したような釘差しをしてくるだろう。(シナリオによっては、初手から在日米軍基地に対して攻撃を仕掛けてくる可能性もあるが)また、日本側でもそういった論調をすることも多々ある。例えば
興味深い次のようなツイートが目に入った。

中国が台湾に何かしらの行動を起こしたときこのような言説は日本の言論空間に溢れかえることが容易に想定されるし、またこういった介入への反対論については既に提起されている。例えば、龍谷大学の松島教授は、中国共産党の機関紙環球時報の中で「台湾問題は中国の内政問題であり、日本とは関係ない。 いわゆる 「台湾がおかしい 」ということは、「日本がおかしい 」ということではない。重要な隣国との関係を悪化させる日本政府は、日本にとって最大の脅威である。」と述べている。
該当部分原文
他说,台湾问题属于中国内政,和日本没有任何关系。所谓“台湾有事”并不代表“日本有事”,恶化与重要邻国关系的日本政府才是这个国家面临的最大威胁。
(原文は中国語であり、翻訳は自動翻訳以下断りのない限り同様)
このように台湾有事がもし、起きた場合「中国の内政問題である」から或いは、「台湾問題でなぜ日本人が死ななくてもよい、日本の問題ではない」とする言説は力を持ってくるのではないかと危惧している。なるほど確かに、仮にもし本当に中国が台湾を内政問題の解決としてそれ以上の拡大をしないのであれば、それも一つ選択肢であろう。日本にとって台湾防衛は先の大戦や日露戦争に並ぶ絶望的な戦争だ。そのコストを払わずに平和を甘受できるのであればその方がよいだろう。しかし、本当にそうか?
このような言説に対する反駁をいくつかの観点からあらかじめ想定するのが本稿の目的である。このような言説がはびこる前にワクチンとして構想しておくのである。とは言いつつ台湾失陥のリスクについて簡単に次に述べておく。
2 台湾を握られたら終わりです
台湾が持つ地政学的価値は、極めて高い。第一列島線上の要衝に位置する台湾を中国が支配することは、アジア太平洋地域全体の軍事・経済バランスに不可逆的にな影響をもたらす。台湾を失陥した時点で、日本は中国に経済・安全保障上の首根っこをつかまれてしまうことになる。以下にその視点を記載する。
(1)軍事・安全保障上の視点
台湾は日本列島とフィリピンの間に位置し、「第一列島線」の中核である。この海域を中国が実効支配すれば、中国海軍、は西太平洋への自由な進出が可能となり、米軍の抑止力に重大な制限が生じる。特に、沖縄・与那国・石垣といった南西諸島は、中国のミサイル射程圏内に完全に組み込まれ、防衛上の「緩衝地帯」を失うことになる。結果として、日本の自衛隊や米軍は、中国に対して極めて現在より不利な立場に置かれる危険性が高い。
さらに派生して述べるとすれば、台湾が失陥することによって中国は真に太平洋へのアクセスの自由を得る。台湾海峡全域の水深はほぼ100%近くで水深50メートルより浅い一方で、台湾本島の南側と東側は、沿岸から急激に水深が2000mに達する。そのため、中国の原潜は現在より深く潜り、太平洋での探知は極めて難しくなる。そうすると米国との相互核抑止が構築されてしまう。さて、今よりも核戦争の蓋然性が高くなってから米国は日本との同盟を履行するだろうか?

出典:國家海洋資料庫及共享平台「台湾周辺海域海底地形図」、開放博物館(https://openmuseum.tw/muse/digi_object/5e991cceaf56426a1ce21f621db14118#25126、2025年4月24日閲覧)。 本作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 3.0 台湾(CC BY-NC-SA 3.0 TW)ライセンスの下で提供されています。
(2)経済・物流上の視点
台湾海峡は世界の海上貿易ルートの中でも極めて重要な海域であり、日本の貿易船の多くがここを通過している。中国が台湾を掌握し、軍事拠点化すれば、このシーレーン(海上交通路)に対する支配力が格段に増す。日本のエネルギー輸入の約9割が中東からのタンカーによるものであり、その多くが南シナ海経由で台湾周辺を通る。これらの航路が「軍事的に不安定」または「封鎖」の対象になれば、日本経済は致命的な打撃を受ける。打撃の影響は試算によってまちまちではあるものの、根源的な問題には中国が台湾を支配すれば日本や韓国に対して任意に海峡封鎖をできるようになってしまうことがある。
(3)国際秩序・法の支配という視点
台湾の併合を既成事実化するという行為が許容されれば、「力による現状変更」が黙認された前例となり、国際法秩序、特に主権の尊重や領土保全の原則が根本から揺らぐ。日米が提唱してきた「自由で開かれたインド太平洋戦略」は瓦解する。これは尖閣諸島や南西諸島をめぐる今後の日本の対中関係において、次が日本にならないとは限らない。
(4)民主主義の包囲網としての意味
台湾はアジアにおける数少ない自由民主主義国家であり、その存続は地域におけるリベラル秩序の象徴的存在である。台湾の崩壊は、中国による権威主義モデルの正当化に繋がり、地域における民主主義勢力の大幅な後退を意味する。これは日本が価値外交として掲げる「自由で開かれたインド太平洋」構想も台湾を見捨てればその価値を失う。
台湾を失った後日本は経済・安全保障上アメリカだけでなく中国にも依存する形になる。きわめて深刻な状態に置かれてしまうのだ。
3 歴史的に見て、果たして中国は台湾だけで満足するのか?比較事例集
さて、本題に入ろう。では上述のツイートや一部学者や政党が言う通り日本が台湾には介入せず、中国の内政問題として処理すれば日本は安泰なのだろうか?私は否と言いたい。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというように歴史を振り返ってみよう。
事例1 1939年 フランス なぜ我々はダンツィヒのために死なねばならないのか?
1939年フランスは同盟国ポーランドがドイツの侵略を受け、条約上はドイツに対して宣戦布告を行わなくてはならない情勢であった。ドイツがポーランドに対して、ポーランド回廊および国際連盟管理下の自由都市ダンツィヒの割譲を要求し、これを拒否したことによってドイツポーランド間での戦争が勃発した。
このような情勢を受け、当時フランスでは凄惨な戦争となった第一次世界大戦の記憶が生々しく、ドイツとの戦争に対して反対する世論があった。その際に掲題のような論説が新聞『L'Œuvre』にフランスの社会主義者マルセル・ドゥアトルによって掲載された。フランスがポーランドのためにドイツと戦争をすることに反対し、ヒトラーの要求に譲歩することで戦争を回避すべきだと主張しました。彼は、フランス人がポーランドのために命を落とす必要はないということである。

出典:Mourir pour Dantzig ? Mai 1939 (最終閲覧https://clio-texte.clionautes.org/mourir-pour-dantzig-mai-1939.html)
結果的にフランスはドイツに宣戦布告をすることで第二次世界大戦がはじまる。しかし、この時フランスが参戦しなかったとしてフランスの国益に資する形になっただろうか?当時は英仏は同盟関係であり、それぞれもポーランドと同盟関係にあった。もし、フランスが参戦しなかった場合短期的に平和を得られた可能性は高いが英仏同盟の履行にもイギリスは不信感を抱いたであろうし(同盟国を見捨てた同盟国を信頼することはできない)ナチスドイツは、ポーランドに対して要求した地域は、ここは第一次大戦におけるドイツの敗戦によってドイツから奪い取られた領土であり、ヒトラーはダンツィヒのドイツ系住民の解放を大義名分としていた。フランスは第一次世界大戦で、アルザスロレーヌ地方をドイツから割譲させており、最終的にドイツがフランスに同様の要求をする公算は高い。その際フランスは孤立した国際社会の中で単独で向き合うという史実よりも苛烈な状況に置かれただろう。


事例2 1938年 イギリス 平和は守られた!(紙切れを握りながら)
1938年、ナチス・ドイツはチェコスロバキア領内のズデーテン地方に居住するドイツ系住民の保護を名目に、同地の割譲を要求した。ドイツの要求に対して、チェコスロバキアとの間に緊張が走り、戦争の危機が高まっていた。ヒトラーはこれを民族自決の原則に基づく正当な主張とし、武力行使も辞さない構えを見せた。これに対して、当時のフランス首相エドゥアール・ダラディエは、イギリス首相ネヴィル・チェンバレンにヒトラーを含む首脳会談の開催を提案した。「ヨーロッパの平和」を最優先に掲げ、ドイツと直接交渉を行い、チェコスロバキアを交渉の場から外したうえでミュンヘン協定を締結。ズデーテン地方の割譲を認めた。このときチェンバレンは「私は、我々の時代に平和をもたらした」と宣言し、飛行機から降り立ったその手には、ヒトラーと交わした合意文書、である「紙切れ」が握られていた。

しかし、この宥和政策の帰結はどうであったか。ズデーテン地方の割譲から半年も経たないうちに、ナチス・ドイツはチェコスロバキア全土を併合、チェコスロバキアという国家はこの世から抹殺された。また、同国の軍需産業を吸収し、ドイツ軍はさらに翌年にはポーランド侵攻に踏み切り、第二次世界大戦の引き金を引いたのである。宥和政策は一切の抑止効果をもたらさず、ヒトラーに誤った確信を与えただけだった。当時英仏は戦争準備ができておらず、国民世論はチェコスロバキアという東欧の一国を守る為よりも戦争回避することを望んでいたのである。
事例3 2014年 ウクライナ・クリミア半島 ウクライナで軍事行動を行うつもりはない。
2014年、ロシアはウクライナ領であるクリミア半島に対して軍事介入を行い、事実上の併合を実施した。発端は、親ロシア派政権のヤヌコビッチ大統領が失脚し、ウクライナが西側(EUやNATO)へと接近しようとする動きを見せたことである。これを「自国の安全保障に対する脅威」とみなしたプーチン政権は、ロシア軍の「緑の小人(身分不詳の兵士)」を投入し、極めて短期間でクリミアの支配を確立。住民投票を行い、ロシアへの編入を一方的に宣言した。

パブリックドメイン
このとき、アメリカのバラク・オバマ大統領は記者会見で明言している。
“We are not going to be getting into a military excursion in Ukraine.”
「我々はウクライナでの軍事行動に踏み切るつもりはない。」
https://www.nbcsandiego.com/news/local/obama-military-action-russia-ukraine-crimea-tensions-troops/126315/?utm_source=chatgpt.com(最終閲覧2025年4月24日)
この発言は、「ロシアによるクリミア併合は容認しないが、軍事的対応は避ける」という西側諸国の基本的立場を象徴するものであり、米欧は経済制裁と外交圧力に留めた。しかし、その後の展開が示すように、この「軍事的不介入」のメッセージは、ロシアに「力による現状変更は許容される」と誤認させる結果となった。実際、ロシアはその後もウクライナ東部における分離主義勢力を支援し続け、最終的には2022年2月、ウクライナ本土への全面侵攻を開始。西側諸国は再び、戦争を止めるには手遅れの状況に陥った。
さて、ここまで3つの事例を見てきた。それ以外にも触れないがいくつか権威主義・専制国家の拡大を容認したことによる情勢悪化の事例をまとめてみよう。

このことから導きだされる答えは、中国が台湾を獲得したとしてもそれは終わりではなく始まりである可能性があるということだ。
4 中国が台湾で止まらない可能性
さてここまでいろいろな事例を参照し、座して待った結果失敗した事例を見てきた。では中国に限ってはどうなのか?2つの観点から考えてみよう。
(1) 中華人民共和国が成立後行った対外戦争
台湾有事を語る上で、そもそも中国は脅威ではない、日本が過度に脅威認識をしているだけだとする言説がある。例えばれいわ新選組東京外国語大学名誉教授・伊勢崎賢治氏(当時れいわ比例東京ブロック候補者)は街宣にて次のように述べている。
岸田政権が去年、2027年までに防衛費を倍増すると発表した。いわゆる43兆円の軍拡だ。
これが達成されると、日本は世界第3位の軍事大国になる。アメリカ、中国に次ぐ規模だ。(憲法)9条の国が、今や世界3位の軍事大国。この不景気にもかかわらずだ。だから、みなさんの生活と直結している。
なぜ防衛費が増大するのか? その一つの理由は、みなさん(国民)が怖がるから。それだけだ。
何に怖がるのか? 今、中国が怖いだろうか? だから「自衛隊をもっと強くしよう」「アメリカともっと軍拡しよう」となるわけだから。誰も異を唱えない。というか、異を唱えにくい。そういう雰囲気づくり。これが問題なのだ。
中国が怖いだろうか?確かにスーパーパワーだ。アメリカと同じように。くしゃみをしただけで、われわれは風邪をひく。そういう意味では確かに警戒しなければならない。
ちょっと面白い話をする。今から40年前の長いスパンのなかで、アメリカが軍事侵攻した国はどのくらいあると思われるか? 13カ国に侵攻した。つまり侵略みたいなものだ。そのうちの一つ、アフガニスタンで僕はアメリカのために闘った。では、中国がこの40年間に軍事侵攻した国は? ゼロだ。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/32423(最終閲覧日:2025年4月24日)
太字筆者加工
このようなアメリカの軍事進攻に対しての比較からの批判は、中国脅威論に対して何度も提示されてきた。しかしながら、まずこの40年というタイムスパン自体が実に恣意的である。なぜ中華人民共和国成立以後とか戦後といわずに40年と述べたか。45年前には大規模な中国によるベトナム侵攻である中越戦争があったからと思われる。また、紛争列度が低いものを含めても次のように中国は周辺諸国と軍事衝突をしている。

中国が対外的に融和・平和路線とするには大分苦しいものがある。(アメリカのほうが好戦的という主張について合理性はあると思うが、それは意志と能力の問題であるだけのようにも思える。中国は近年まで海外展開できる能力を持っていなかった)定量的に見ても中国は平和国家ではない。むしろ戦後80年一切戦争をしていない(朝鮮戦争における掃海行為が戦闘だとしても75年)我が国は圧倒的に平和を愛してきたわけである。
また、そもそも中国は台湾の解決手法として武力による解決を否定していない。歴代の中国指導部の共産党大会における認識は次の通り。
第16回共産党大会2002年 当時の江沢民総書記による台湾8項目政策(抜粋
解决台湾问题的八项主张
(1)「一つの中国」原則を堅持することは、平和的統一を実現するための基礎であり、前提条件である。中国の主権と領土は決して分割されてはならない。 「台湾独立」を狙ったいかなる発言や行動にも断固反対すべきである。 「一つの中国」原則に違反する「分割統治」「異なる段階の二つの中国」などの主張には断固反対すべきである。
中略
(4)我々は平和的統一の実現に努め、中国人同士が争うことがないよう努めるべきである。われわれが武力行使放棄の約束を拒否したのは、決して台湾の同胞に向けられたものではなく、中国の統一を妨害し「台湾独立」を追求する外国勢力に向けられたものである。
より抜粋
http://cpc.people.com.cn/GB/64107/65708/65722/4444435.html(最終閲覧日:2025年4月24日)
第19回共産党大会2012年 習近平総書記による報告 (抜粋
「一つの中国」原則と「92年コンセンサス」を堅持し、両岸関係の平和的発展を促進し、両岸の経済・文化交流・協力を強化し、台湾海峡両岸指導者の歴史的な会談を実現する。台湾情勢の変化に適切に対応し、「台湾独立」を唱える分裂勢力に断固として反対・抑制し、台湾海峡の平和と安定を効果的に維持する。
より抜粋
http://cpc.people.com.cn/n1/2017/1028/c64094-29613660.html(最終閲覧日:2025年4月24日)
第20回共産党大会2022年 習近平総書記による報告(抜粋
台湾問題の解決は中国人民自身の問題であり、中国人民によって決定されるべきである。我々は、最大限の誠意をもって平和的統一の見通しに向けて努力し、最大限の努力をすることを主張しますが、武力の使用を放棄すると約束することは決してなく、必要なあらゆる措置を講じる選択肢を留保します。これは外部からの干渉や、ごく少数の「台湾独立」分離主義者とその分離活動に向けられたものであり、決して大多数の台湾同胞に向けられたものではない。国家統一と国家復興の歴史の車輪は前進しつつある。祖国の完全な統一は必ず達成されなければならないし、必ず達成されるでしょう!
より抜粋
http://cpc.people.com.cn/20th/n1/2022/1016/c448334-32546317.html(最終閲覧日:2025年4月24日)
読めばわかる通り中国自身が武力統一を否定していないばかりか、2022年に至っては、江沢民政権時には武力が台湾同胞に向けられていないとしていたものが、大多数の台湾同胞に向けられていないと留保がついている。逆説的に中国から台湾同胞であってもその行使対象になることが示唆されているわけである。近年言及内容のトーンが上がっていることからも中国の台湾に対する武力行使がないと断じるのは、事実を正確に見えていないとしか言えない。
(2) 中国の急速な軍事拡大
先述した伊勢崎賢治氏のように日本の防衛費増額に対して、批判的な論調をする言説においては中国の国防費の比較は出てこない。日本の防衛費は、一定水準であったのにもかかわらず、中国は2000年代から急速な軍拡を進めている。日本の防衛費と比較にならないほど、中国の防衛費の拡大は進んでいる。ブルームバーグの報道によれば中国防衛費拡大基調は次のとおりである。
中国の国防費の拡大は毎年7〜10%前後の高成長を続け、2025年には公式国防費が約1兆7,800億元(約36兆6,100億円)に達する見通しとなっている。
翻って日本の国防費は近年こそ2024年度は約7兆9,496億円、2025年度概算要求は8兆7,005億円となっているものの、三木内閣時から防衛費GDP対比1%の暗黙の線引きがあり、明確に引き上げが行われたのは岸田内閣以降である。また、中国の国防費の公表値はその実態をとらえきれていない。防衛白書ではその点を次の通り、指摘をしている。
中国が国防費として公表している額は、実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられる。例えば、外国からの装備購入費や研究開発費などは公表国防費に含まれていないとみられ、米国防省の分析によれば、2021年の中国の実際の国防支出は公表国防予算よりも著しく多いとされる
そのため、実態よりより中国の軍拡は進んでいると見て間違いはないだろう。

加えて、中国軍が近年取得している装備からも渡洋上陸作戦(つまり中国から出て周辺の島しょ部を武力で占領する)の能力確保を急いでいるのは明らかである。例えば、中国は075型強襲揚陸艦(満載排水量約4万トン級)を急ピッチで建造し、2021年以降に計3隻(海南艦・広西艦・安徽艦)を就役させており、空母や駆逐艦など外洋艦隊としての能力を飛躍的に向上させている。中国は航空母艦と艦載機運用能力の獲得、大型揚陸艦による遠征上陸戦力の強化、各種ミサイル戦力の高度化・大量配備、先進的戦闘機の実戦配備といったあらゆる面で軍事力を増強しいる。これらの装備は総合的に、中国が第一列島線を突破して外洋に進出し勢力圏を拡大する能力や、台湾への武力行使の選択肢、さらには日本に対する軍事的圧力手段を飛躍的に強化するものに他ならない。
(3) 中国の戦略から、台湾は手段であって目的ではない
台湾を中国がどのようにとらえているか、中国の字義通り台湾が中国の一部であるためそれを取り戻すためであると捉えるのは早計である。これは上述したようにナチスドイツがオーストリアやズデーテンラント、ダンツィヒを求めた理由をドイツ人の保護とした鵜呑みにするようなものではないか。当時のドイツの東方生存圏構想を背景とした拡大政策の一環と相似ではないか。

Lihagen - による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=14865048による
結局のところ中国が台湾にこだわるのは、領土認識という国家の根幹に根差すものだけではなく、今後の中国の東シナ海の内海化その先の太平洋地域におけるアメリカの影響を排除した秩序構築のファーストステップに過ぎないのではないだろうか。すなわち「領土問題」に留まる話ではない。むしろその本質は、地政学的野心と国際秩序再編の第一段階としての台湾制圧にこそあるのではないか。中国政府は「台湾は中国の不可分の一部であり、内政問題である」と繰り返すが、これは国内向けイデオロギーと国際法上の正統性の二重の言説であり、その背後にはより明確な戦略的意図が潜んでいる。(単純な領土問題であるのであれば、日本がそのためだけに竹島や北方領土へ武力侵攻するだろうか?)
中国が指向している戦略と構築したい世界は西太平洋地域を中国の管制海域とする。台湾の地理的位置は、第一列島線のほぼ中央に位置し、中国沿岸からわずか160kmの海峡を隔てた戦略要地である。中国にとって、台湾を掌握することは、東シナ海と南シナ海を「内海化」し、西太平洋への出口を恒常的に確保することを意味する。すなわち、台湾統一は、単に国家統一の象徴ではなく、米国のアジア地域における同盟網を分断し、インド太平洋地域における米国主導の安全保障体制を揺るがせる「突破口」としての意味を帯びているのである。

DoD - Image:China Report 2006.pdf, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=812176による
この点を見誤って「台湾は中国のものであり、日本には関係がない」とする議論は、地政学的現実に対する認識の欠如と言わざるを得ない。台湾の失陥は、日本にとってみれば、経済・安全保障的に致命的な失点となる。その上での対中戦略は極めて厳しい状況とならざるを得ない。そしてそれは、単なる隣国の領土問題ではなく、中国のさらなる海洋進出の対象として日本が除外されるという保証にはならない。第二列島線には小笠原諸島以西が含まれており必然我が国の領土についても第二の台湾として中国の戦略的な関心地域となってしまう。結果として日本の生存空間と国家主権の問題そのものであるという認識を持たねばならない。台湾の次は沖縄ではないと誰が保証できるのであろうか?
結びに
本稿で見てきたように、中国が台湾にこだわる理由は単なる「領土の一体性」にあるのではなく、アジア太平洋地域における米国主導の秩序を根本から揺るがす戦略的布石としての意味を持つ。すなわち台湾は、中国にとって太平洋に打って出るための地政学的跳躍台であり、中国の覇権国家としての影響力を拡張するための象徴的目標なのである。
歴史を振り返れば、専制国家の初期侵略を「限定的」「自国とは無関係」と見なして黙認した多くの先例が、やがてより大規模な衝突や戦争を招いたことが分かる。ダンツィヒ、ズデーテン、クリミア——これらはすべて、当初は「他人の問題」とされたが、結果として世界の秩序全体が揺らいだ事例であった。
台湾有事が現実化した際、「日本は無関係」「巻き込まれたくない」とする論調は間違いなく噴出するだろう。しかし、それこそが中国の思惑であり、日本が抑止を放棄した瞬間、地域の軍事・経済・価値秩序は一気に転覆することになる。台湾を失えば、日本は戦略的に孤立し、第二列島線を通じて自らが次の標的となる危険すらあるのだ。
「台湾だけだ」と甘く見てはならない。それは、専制主義が一歩を踏み出すときに常に用いる言葉であり、その一歩の後には、必ず次の一歩が待っている。今こそ我々は、台湾の未来を他人事として切り離すのではなく、日本の主権と安全保障の問題として、真正面から向き合う覚悟が問われているのである。
