漫画家アシスタント物語 諦めま章〈3〉 そして最後のコーヒーを飲んだ
《 写真上: 秋山プロがあるマンションの近くの喫茶店「P」2012年撮影 》
< この諦めま章〈3〉は、文庫本約10ページ分 >
「諦めま章」は、独立した「章」ですので、「第9章」の続きではありません。 ほとんどは、雑多な回想ですが、一部連続していますので、やはり、この「諦めま章〈1〉」からお読みになる事をお勧めいたします。
それから‥‥
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その5
《 漫画家アシスタントが・・・最後のコーヒーを飲む・・・ 》
「 また電話してきやがった! 」
吐き捨てる様に無言電話について話す吉さん‥‥
2008年の秋。
日本シリーズで巨人が西武に負けた第7戦‥‥‥‥
長さんが大好きな西武が優勝を決めたその瞬間に無言電話がかかってきたそうです‥‥‥‥
「 このタイミングでかけてくるのはあいつ以外にはいない! 」
いつもの様に長さんを犯人と断定する吉さんでした。
前回は、吉さんが車を駐車するスペースに誰かが排便したという話を書きましたが、実は‥‥‥‥
その排便が2日続いたのです。 そのため、偶然通りかかった人が用を足したのではなく、意図的にわざと同じ場所に排便した事になり‥‥ 吉さんが抱く疑惑が深まったというわけです。
もっとも、こんな話を秋山プロのスタッフ( 私を含む )がまともに聞いてはいませんでしたが‥‥‥‥ しかし、ただの冗談ではないか‥‥‥‥ などと、バカにしていたのは、良くありませんでした。
問題の深刻さを理解せず、吉さんの話を薄笑いで黙殺していた結果、スタッフ同士の人間関係に少なからずダメージを与えていたのです。
それにしても、長さんが秋山プロに勤務していた2005年以前には、こんなトラブルなどまったくありませんでした。
吉さんは、真面目な職人タイプで、妥協のないその背景画の実力は、他の有名漫画家( テレビ番組にもよく出演していた女性漫画家 )から給料倍増でヘッドハンティングされるほどでした。( 丁重に断ったそうです )
ちなみに熱烈な巨人ファンであると同時に、秋山プロとアシスタントの仕事を心から愛していました。( 私の様に秋山プロの仕事を嫌々やっているグ~タラC調人間とは真逆な存在です )
漫画家アシスタントの仕事にとことん集中する吉さんは‥‥
「 この仕事場へ来ると生きがいを感じるよなぁ‥‥ 」
‥‥ふと、そんな独り言をもらしていた事があります。
私は、その時に何と返答して良いか分からず黙っていましたが‥‥‥‥
『 どうして、他人(ひと)の背景を描いてるだけなのに、生きがいなんか感じるんだろう? 』
正直、私はそんな風に感じたものです‥‥‥‥( 私は漫画家アシスタントの仕事を楽しいとか、やり甲斐があるなどと感じたことはただの一度もありません )
ジョージ先生にとって吉さんは、( 私の様なポンスケとは違い )最も信頼でき、大切にしていたプロアシスタントであったわけです。
‥‥ちなみに、この出来事が後に、私に大きなプレッシャーになります。 その話は、もう少し後で‥‥‥‥
さて、そんな吉さんとは少しタイプが違いますが‥‥‥‥
長さんは人の悪口などは決して言わない包容力のある温和なタイプ‥‥‥ 雰囲気はどことなく山田洋次監督の「 男はつらいよ 」( 松竹映画 )に出てくる寅さん風なところがあります。
友人も多く豊かな人間関係を作れる大人‥‥‥‥ ちなみに野球は大の西武( 西鉄 )ファン!( 少年期を北九州で育ったためだと思いますが )
映画は吉永小百合の「 キューポラのある街 」(日活、浦山桐郎監督)が大好きで、実際に舞台となったその川口市の街や、陸橋を探して歩き回ったりした事もあったそうです。
ある時、そんな川口界隈の思い出話を聞いている時( 2012年頃 )でした‥‥‥‥
西武のスタジャンを着た長さんは薄くなった頭に手をやりながら‥‥
「 小池ちゃん、ホントはさぁ‥‥ 俺、オートレーサーに成りたかったんだよなぁ‥‥ 」
漫画家を目指していなかったら、きっとオートレーサーを志望していただろう‥‥‥‥と。
私にとっては二人とも信頼に足る人物なのですが‥‥‥‥ どこをど~間違えて、関係がこじれたのやら‥‥‥‥
人間関係の難しいところではないでしょうか‥‥‥‥
2009年6月、吉さんは、重篤な病気を患います‥‥‥‥( 数ヵ月後に亡くなってしまいます )
「 この事( 病気 )は絶対にブログに書くなよ 」
そう言われたので、病気に関しては一切書く事が出来ませんが‥‥‥‥
初めて病気を知らされた日の事は、生涯忘れることは出来ません‥‥ その時の事だけは‥‥ ほんの少しだけですが‥‥‥‥ 書かせてもらいたと思います‥‥‥‥
仕事場のある目白通りに面した小さな喫茶店「 P 」で、私ともう一人のスタッフが吉さんから病気の話を聞かされました。
「 来週は休みをもらって、検査に行かなきゃならないんだ‥‥ 」
申し訳なさそうに‥‥‥‥ という雰囲気はまったくなく、ただ不機嫌な‥‥‥‥ イライラした感じで自分の病気の話をされたのです‥‥‥‥
スパスパとタバコを吸い、ガブガブとコーヒーを飲みながら‥‥‥‥
今から思えば‥‥‥‥
『 何ンで、俺がこんな病気に! 』
そんな苛立ちがあったのだと思います‥‥‥‥
喫茶店の窓からは、6月の春の日差しがいっぱい差し込んで‥‥
近くにある大きな銀杏の緑がキラキラと輝き‥‥‥‥
とても明るかったのです。
それが‥‥‥‥
吉さんと飲んだ最後のコーヒーになりました‥‥‥‥‥‥

その6
《 漫画家アシスタントが・・・怒鳴られる!? 》
「 見舞いなんか持って来るなよ‥‥ 」
病気で気が重いのに、見舞い客に気を使うのは疲れる‥‥‥‥ そんな感じの話をしていました。
仕事場の近くにある喫茶店「 P 」で、吉さんから病気の話を聞いてから私とスタッフは、吉さんの検査入院中、一週間、いつもの様に仕事を続けました‥‥‥‥
その頃だったと思いますが‥‥ 私は二人の元先輩アシスタントに連絡をしました。
一人は、昭和天皇が崩御する数ヶ月前に精神疾患で秋山プロを辞めたリョウさん、そして、78年に私と入れ替わる様に秋山プロを退社後、しばらくしてからソープランド漫画で業界にカムバックしたガンさん‥‥‥‥
ガンさんは、すでに病気の事を知っていた様子( 昔から吉さんとは親交が深い )でしたが‥‥‥‥ リョウさんは、まだ何も知らなかったようです。
二人とも吉さんとは、10年以上も一緒に同じ釜の飯を食いながら仕事をした仲間でした。 また、吉さんとも大変に仲が良かったので、病気の事をとても心配していました。
この事を長さんにも知らせるべきか‥‥‥‥ どうか‥‥‥‥ 少し考えましが‥‥‥‥ 長さんが吉さんを見舞いに出かけても吉さんの血圧が上がるだけでしょうから黙っている事にしました。
32年間も一緒に仕事をしていた( 一時期は同じアパートで同居して、プロレスごっこをした仲でした )仲間だったのに、何も知らせないのはどうかとも思いましたが‥‥‥‥ 仕方がありません。
吉さんが専門病院での検査入院を済ませて仕事場へ戻って来た時の事です‥‥‥‥
一週間ほど休みを取ってから、仕事場へやって来た吉さんは‥‥‥‥ 私のデスクの前に立って‥‥‥‥
憎しみのこもった眼で私をにらみながら‥‥( 完全に怒っている! )
「 何ンでリョウちゃんに知らせたんだよっ! 」
「 ‥‥‥‥‥‥? 」
吐き捨てるように‥‥
「 リョウちゃんから見舞いの電話があったんだよっ!」
「 ‥‥‥‥!」
「 リョウちゃんはなぁ‥‥ 自分の体調や家族の事で大変なんだぞ、知ってるだろっ! 」
「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!? 」
私が秋山プロで仕事を始めてから31年、吉さんから初めて怒鳴られたのです。( これほど激高した吉さんを初めて見ました )
一緒に仕事をした30年間‥‥ どんなに遅刻しても、どんなにドジな背景画を描いても、印刷されたゲラを見てから私の描き忘れが分かった時でも、ただの一度も怒らなかったし、声を荒げた事さえなかった人なのに‥‥‥‥
「 勝手な事をするなよっ! 知らせるかどうかは俺が判断する事だっ! 」
突然、怒鳴られた私は‥‥‥‥ ただ茫然自失するしかありませんでした‥‥‥‥( 後で知ったのですが、重い病気を宣告された人は、一時的に他人の日常が『 俺がこんな目に遭っている時に、なんでそんなに呑気でいられるんだ 』と怒りを感じるそうです )
また、同時に、( 重病を患った方への理解が薄い )私の吉さんに対する尊敬、友情、敬愛‥‥‥‥ それらの全てが‥‥‥‥ この一瞬で‥‥‥‥ 消し飛んでしまいました。
吉さんが検査入院して仕事を休んでいる間、私が吉さんのために何が出来るのかと色々考えていましたが‥‥‥‥( 元気なうちに吉さんの優れた背景画、特に「 浮浪雲 」( 小学館、ビッグコミックオリジナル )の背景画を集めて画集を出版する計画などを一晩中考えていました )
『 吉さんのために‥‥‥ なんて‥‥ オレもお人好しだったな‥‥‥ 』
何十年も一緒に仕事をしているのに、理解し合えない事の虚しさをしみじみと感じたものです‥‥‥‥( もう一度書きますが、病人の気持ちを察せなかった私が悪いのでしょう )
しかし、まだまだ私の認識は甘く、浅はかでした‥‥‥‥
吉さんが私のブログについて「 いつも楽しみにしているよ 」と言ってくれた頃と今とのギャップに戸惑っていたのですが‥‥‥‥ 事態は、はるかに深刻だったのです‥‥‥‥
最初は‥‥ 吉さんは私の事を面白いブログを書く『 仲間 』と思っていたのに‥‥
それが、「長さんへの好意的な記事」や、「 無言電話 」やら「 排便 」やらの出来事以降‥‥ ただ、仕事場が同じ『 奴 』‥‥‥‥ となり。
「 病気 」になってからは‥‥ ブログで何を書くか分からない『 要注意人物 』‥‥‥‥
さらに、リョウさんへの連絡で‥‥‥‥ 『 ブログ狂いの大バカ野郎 』へと格下げになったわけです。
この大幅な格下げに、当時の私はまったく気付いていませんでした。
私は、ただ‥‥ 病気になってからの吉さんは‥‥‥‥『 何ンだか人が変わっちゃったなぁ 』くらいに考えていたのです。
この私の「 呑気さ 」と吉さんの深刻な立場や意識のズレが、後に起こる出来事の伏線になります‥‥‥‥
2009年、11月‥‥‥‥
私が病院へ何度目かの見舞いに行った日から2週間後‥‥‥‥
ちなみに、入院中は、鎮静剤の成果なのか、少し記憶障害がありましたが‥‥ とても精神状態がおだやかで落ち着いていました。
しかし‥‥‥‥
お昼少し前‥‥ 小雨が降る中、いつもの様に目白にある秋山プロのドアを開けようとすると‥‥ ドアに一枚の小さな張り紙がありました‥‥‥‥
「 今朝の6~7時に吉ちゃんが死んでしまった‥‥ 」
‥‥‥‥ジョージ先生の走り書きでした‥‥‥‥‥‥
「 漫画家アシスタント物語 諦めま章〈4〉」へつづく・・・・
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~~~ 参照 諦めま章〈3〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
【その6】
・リョウさん : 「第6章」で紹介した先輩アシスタント。74年に秋山プロに入り、14年間勤務。坂本龍馬の大ファンでしたが、60歳を過ぎてからは少し飽きてきたとか。
・ガンさん : 78年に秋山プロから独立。しかし、連載が続かずに数種類の職業(山谷の労働者など)を点々とした後に、池袋のソープランド勤務の経験を元にした漫画作品でカムバック。現在はサラリーマンで良き夫、良き父親として暮らしている。
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