『100を切れない星で』
もし「100を切らないと市民になれない星」があったら。
その“100”は、あなたの生活にもある——そう思いながら書きました。
五体チョイ不満足ゴルファーUが描く、短編SF(ヒューマンドラマ)。
ゴルフが“通過儀礼”になった惑星で、数字が尊厳を決める。
でも主人公は、一打一打で「基準」そのものを揺らしていく。
0. プロローグ:100という身分
この星では、“100を切った者だけが市民”になれる。

それはスコアの話であって、
実はスコアの話じゃない。
「ちゃんと稼げるか」
「迷惑をかけないか」
「普通に戻れるか」
——そんな“見えない採点”が、法律になっただけの星だ。
あなたは、もしこの星に来たら。
何を捨てて、何を守りますか。
1. 100が、身分証明になる
惑星《ミドル・ルール》には、住民票がない。
代わりにあるのは「スコアカード」だ。
出生証明も、学歴も、診断書もいらない。
必要なのは、たった一つ。
レギュラーティーで、100を切ること。
99を出した瞬間、あなたは“市民”になる。
100以上の者は“滞在者”として、
食料も移動も支援も、常に「仮」の扱いを受ける。
この制度を作った人間は言った。
「数値は平等だ。努力は嘘をつかない」
私は、その言葉を嫌いになれなかった。
むしろ、昔の私は、少し好きだった。
——なぜなら、私も「努力で証明したい側」だったから。
2. 体が、星のルールに追いつかない
ミドル・ルールの重力は、地球より“わずかに重い”。
たったそれだけで、人は分かりやすく崩れる。
踏ん張りが効かない。
呼吸が浅くなる。
腕が上がらない。
判断が遅れる。
この星では、「わずか」が致命傷になる。
私は、地球で事故をした。脊髄を痛め、頭も傷ついた。
その後遺症は、見えるときと、見えないときがある。
そして、首や腕や手首も――。
日によって、思った通りに動かない。
見えるときは、まだいい。
周りが気づくから。
問題は、見えないときだ。
「できてるように見える日」に限って、
私は一番失敗する。
この星の役所は、私にこう言った。
「あなたの状態は理解しました。ですが、制度は制度です」
理解されることと、救われることは、別だ。
私はその違いを、何度も知ってきた。
3. コースが、時間をねじる
この星のゴルフコースは、奇妙だ。
フェアウェイの芝が、風に逆らって揺れる。
バンカーの砂が、足跡を消す。
池に落ちたボールが、次の瞬間、乾いたラフに転がっている。
「ここでは時間が少し歪む」
と、管理人は笑って言った。
つまりこの星では、
“ミスの理由”が増える。
でも、それは言い訳にもなるし、
希望にもなる。
時間が歪むなら、
過去の自分だって、
少しは救えるかもしれない。
そんな、ずるい期待が芽生えた。
4. 99という数字の、重さ

私はこの星に来て、三回、挑戦した。
初回:117
二回目:108
三回目:102
100に触れた回ほど、悔しさが残った。
あと三打。
たった三打。
だけど私は知っている。
「たった三打」を削るために、
どれだけの人生が必要か。
この星では、100を切れない者は
いつまでも“滞在者”だ。
滞在者には、居場所が与えられる。
しかし、帰属は与えられない。
つまり——
ここにいていいけど、ここに属してはいけない。
そんな扱いは、
人を静かに壊す。
そして壊れた人間を、社会はこう言う。
「自己責任だ」
「努力が足りない」
「結果がすべて」
私はその言葉を、地球でも聞いてきた。
だからこそ、
この星の制度に、私は腹が立つというより、
妙に納得してしまう自分がいて。
その自分が、いちばん嫌だった。
5. “正しい挑戦”なんて、どこにもない
四回目の挑戦の日。
朝、私はクラブを握った瞬間に、
少しだけ違和感を覚えた。
握力がいつもより、落ちている。
息が浅い。
身体の中心が、遠い。
「今日はやめた方がいい」
頭が言う。
でも、制度が背中を押す。
やめたら、また滞在者だ。
やめたら、また“仮”だ。
やめたら、また——
私は、ティーグラウンドに立った。
最初のホール、パー5。
打ち下ろし。風はフォロー。
“普通なら”いける。
普通なら。
私は、普通じゃない。
その言葉を、
いちいち口にするのが嫌で、
私は黙った。
そして、打った。
ボールは、いい音を立てて飛んだ。
飛んだのに——
次の瞬間、ボールは落ちた。
まるで重力が、途中で増えたみたいに。
フェアウェイの手前、
いちばん嫌なラフ。
私は笑ってしまった。
「この星、やっぱり性格悪いな」
管理人が遠くで手を振っていた。
励ましのつもりなのか、
採点者の顔なのか、
私には分からなかった。
6. 100を切るより先に、切るべきもの
その日は、結局、101だった。
たった二打。
たった二打なのに、
私は帰り道で、クラブを投げそうになった。
投げない。
今日は、それでいい。

だけど、私は思った。
もしこの星で、
100を切るために自分を壊したら。
市民になった瞬間、私は何者になる?
“勝ち取った人間”か。
“制度に勝った人間”か。
それとも——
“制度の奴隷”か。
私は立ち止まった。
そして、初めてスコアカードの裏に、
一つだけ書いた。
「私は、ここに属するためにゴルフをしているんじゃない」
その一文を書いた瞬間、
胸の奥が、ほんの少し軽くなった。
たぶん、私はずっと、
“所属”を求めていた。
でも本当は、
求めていたのは、所属じゃない。
「ここにいていい」と、
自分に言えること。
その許可が、欲しかった。
7. それでも、私が次もティーに立つ理由
翌朝、私はまたコースに向かった。
制度は変わらない。
重力も変わらない。
時間の歪みも、残ったままだ。
でも、私の中でひとつだけ変わった。
「100を切れない私は、価値がない」
——その考えを、
私は今日から、切る。
100を切るかどうかは、
挑戦の結果だ。
でも挑戦そのものは、
私が選ぶ。
私はティーグラウンドで、
一度だけ深呼吸した。
そして心の中で、
あなたに問いかけた。
もしあなたが、
何かの“基準”に届かなかったとき。
あなたは、自分に何と言いますか。
私はこう言うことにした。
「私は、まだ途中だ」
「だから、今日も打つ」
ボールは飛んだ。
今度は、落ちなかった。
それだけで、
今日は十分だった。
——この星で、
“静かな革命”を起こすには、
たぶんそれでいい。
追伸
この物語の「100」は、あなたの中にもあるはず。
この物語の「100」は、スコアの話であり、
私たちが日常で浴びる“見えない採点”の話でもあります。
仕事でも、家庭でも。
「ここまでできないと」
「これくらいは」
「ちゃんとしないと」
——その基準に届かない日は、
自分にダメ出しをしたくなる。
でも、もし今日。
あなたがあなたに言えるなら。
「私は、まだ途中だ」
って。
それはもう、
“市民権”みたいなものかもしれません。
あなたの中にも、
切りたい「基準」はありますか。
生きるプロ|五体チョイ不満足ゴルファーU
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