第2話 渋谷駅の駅神様
ハチ公前の広場がざわつき始めるころ、渋谷駅の駅神様は今日も改札の上から人々を見下ろしていた。
駅神様は小柄で、カラフルなマントを羽織っている。スクランブル交差点に集まる人々を眺めるのが趣味で、「ああ、またいい波が来た」と満足げに呟く。
その視線の先では、青信号になるや否や、数百人が一斉に渡り始める。まるで海の波が砕け散る瞬間のような迫力だ。
「ふふ、今日も元気だなぁ。あ、そこの彼、信号変わるぞ。はいストップ!」
駅神様が軽く手を振ると、イヤホンに夢中な青年の靴紐がなぜか急に緩み、彼は立ち止まる。次の瞬間、赤信号。青年は「危なっ」と呟きながら靴を結び直す。
駅神様は胸を撫で下ろす。
そのとき、改札前で外国人観光客の集団が駅員に「シブヤセン? ハチコ? スクランブル?」と畳みかけていた。駅員は汗だくで答えるが、なかなか伝わらない。
「よし、ここは出番だな」
駅神様が指を鳴らすと、観光客のスマホ画面に自然と日本語と英語の併記で道順が浮かび上がる。「おぉ!」と歓声を上げた観光客たちは満面の笑みで改札を抜けていった。
駅神様は小さく笑ったが――次の瞬間、地下の迷宮で困惑するサラリーマンの声が聞こえてきた。
「え、銀座線ってどっち!? 副都心線!? 半蔵門線!? もうわけわからん!」
駅神様は思わず額を押さえる。
「……ごめん、私でも全部は把握できないんだよ」
渋谷駅はあまりにも路線が複雑すぎる。駅神様ですら時々「ここ、どこだっけ」と迷子になる。
そのころ地上では、スクランブル交差点に向かうカップルが手をつないで歩いていた。彼らの頭上を、駅神様がふわりと飛び越える。
「ま、いっか。迷うのも、渋谷の楽しみ方ってことで!」
そう言って、駅神様は人混みに紛れるように姿を消した。
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