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第29話 武蔵小杉駅の駅神様

 近年めきめきと利用者数を伸ばし、「急成長しすぎてキャパ超え」とまで言われる武蔵小杉駅。東急東横線・目黒線、JR南武線・横須賀線・湘南新宿ラインと、多彩な路線が入り乱れ、ラッシュ時には地獄のような混雑で知られる。
 そんな駅を守る駅神様は、ジャージ姿にタオルを首にかけた体育会系。腕には「混雑整理」と書かれたリストバンドを巻き、常に準備運動をしている。
「よーし今日もラッシュ! 武蔵小杉体育館の試合開始やー!」
 朝、ホームには湘南新宿ラインを待つ人々が長蛇の列。そこへ、急ぎのサラリーマンが横入りしそうになる。神様は素早くホイッスルを吹いた。すると偶然、彼のスマホが「上司からのLINE:慌てるな」と震え、サラリーマンはしぶしぶ列の最後尾に戻った。
「反則退場! フェアプレー大事やで!」
 午前中、ベビーカーを押した母親が、南武線への乗り換えで人波に押されて困っていた。神様はタオルを振り回し、「はいここでタイムアウト!」と叫ぶ。すると偶然、前の学生が荷物を落とし、流れが一瞬止まる。その隙に母親はスムーズに通り抜けることができた。
「ナイスアシスト! チームプレーや!」
 昼、駅前の再開発エリアに向かう観光客が「出口どこ?」と迷っていた。神様は筋トレのポーズをとりながら「正しい出口は筋肉が教えてくれる!」と叫ぶ。すると偶然、通りかかった地元の住人が親切に案内してくれる。観光客は感激し、神様は「地域住民、筋肉より頼りになるなぁ」と苦笑した。
 午後、東横線ホームで学生たちが「特急? 急行? 各停?」と大混乱。神様は腕を組み、真剣な表情で答えを考える。
「よし、ここは監督の采配や! 特急で横浜! 各停で日吉! ……で、君らはどこ行くんや?」
 当然聞こえない。結局、学生たちは駅員さんに聞いて解決。神様はガックリとしゃがみ込み、「采配するにも情報不足やった」と反省した。
 夕方。帰宅ラッシュで横須賀線ホームは押しくらまんじゅう状態。神様はホイッスルを連打し、腕をぐるぐる回す。
「全員、隊形を整えろー! 右に寄れー! 左にスペース空けろー!」
 不思議なことに、人々の足取りが少し揃い、ドア付近にスペースが生まれる。サラリーマンが「今日は乗りやすいな」と呟き、神様はサムズアップ。
「作戦成功! 小杉ラッシュリーグ、今日も勝利や!」
 夜。タワーマンション群に灯りがともり、駅前は犬の散歩をする住人や買い物帰りの家族であふれる。神様はベンチプレスの真似をしながら、夜空を見上げて笑った。
「武蔵小杉は、都会の便利さと住宅街の温かさの両方を抱えとる。混雑はきついけど、その分だけ人のドラマもあるんや」
 そう言ってタオルを肩にかけ直し、梁の上から大声で叫んだ。
「明日も試合開始や! 武蔵小杉スタジアムへようこそー!」
 その声は人には届かない。けれど改札を抜ける人々の背中は、まるで試合を終えた後の観客のように、どこか高揚していた。


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