見出し画像

第18話 目黒駅の駅神様

  目黒駅は、山手線・南北線・三田線・東急目黒線が交わる便利な駅だ。駅前は坂道が多く、出入口を間違えると「あれ、ここどこ?」となることもしばしば。
 そんな目黒を守る駅神様は、やけにおしゃれに気をつかう青年だ。眼鏡にジャケット、胸ポケットには小さな花を挿している。本人曰く「目黒といえばおしゃれな街だからね」。ただ、口を開けばすぐツッコミ気質が顔を出す。
「はいはい! そこのカップル! 東口と西口を逆に出ようとしてる! 駅前で待ち合わせるなら、せめて出口は合わせてから来なさいっての!」
 神様は梁の上から叫び、指を鳴らす。すると偶然、彼らのスマホが震え、「彼女からLINE:私は西口だよ♡」と表示された。男性は慌てて引き返し、無事に合流できた。
「よし、ラブコメ未遂解決! 目黒は恋人に冷たくしません!」
 午前中、山手線のホームでサラリーマンが「日比谷線ってここから行ける?」と呟いた。神様は額に手を当てて嘆いた。
「いや、それは中目黒からやろー! 名前似てるけど別人だから!」
 とっさに神様はスーツの裾を翻す。するとサラリーマンの隣に立っていた女性が「それ、日比谷線は中目黒ですよ」と自然に教える。サラリーマンは赤面しながら「そ、そうでした」と頷いた。
「ふぅ、駅名が似すぎ問題は、神様泣かせなんだよなぁ」
 昼になると、駅前の坂道を下る観光客が息を切らしていた。
「ひぃ……目黒って、坂、多くない……?」
 神様は苦笑しつつポケットから扇子を取り出し、ぱたぱたと仰ぐ。すると坂道を下っていたバスがちょうど停まり、「乗ってしまえ!」と観光客を拾っていく。彼らは座席に沈み込み、「助かったー!」と声をあげる。
「ほら見てごらん、目黒は大人にやさしい街なんだよ」
 午後、改札近くでは「目黒寄生虫館」を探す外国人観光客がガイドブックを掲げていた。神様は一瞬言葉を失った。
「……あそこ、意外と人気なんだよな。よりによってそれ選ぶ?」
 仕方なく杖をくるりと回すと、近くにいた大学生カップルが「あ、寄生虫館こっちですよ。行ったらびっくりしますよ」と笑いながら案内してくれた。観光客は大喜びでついていき、神様は天井の梁で頭を抱える。
「いや、もうちょっと普通の観光地でもええんやけど……」
 夕方、再び山手線の発車メロディが流れる。通勤客が急ぎ足で駆け抜けていくが、その中に鞄からネギを飛び出させた主婦がいた。神様は吹き出しそうになりながらも、指をひと振り。すると、すぐそばの学生が「ネギ落ちましたよ」と拾って渡す。主婦はにっこり笑い、学生も照れ笑い。
「これだよ、こういう小さなやり取りが駅を温めるんだ」
 夜、目黒川の桜並木に向かう人々を見送りながら、神様は眼鏡を押し上げてにやりと笑った。
「春は花見、夏はビアガーデン、秋はさんま祭り、冬はイルミネーション。結局、目黒は一年中イベントだらけ。……僕もいつか、さんま一匹くらいもらえないかな」
 そう呟きながら梁の上で足をぶらぶらさせる駅神様。人には見えないその姿も、どこかこの街のにぎわいに溶け込んでいた。


いいなと思ったら応援しよう!

Goldness 楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。