第32話 大井町駅の駅神様
京浜東北線、りんかい線、東急大井町線。三路線が交わる大井町駅は、品川の隣にして地元感あふれる不思議なターミナルだ。駅前には劇団四季の劇場があり、商店街も温泉施設もある。「なんでもあるけど全部ちょっと個性的」――それが大井町の魅力である。
この駅を守る駅神様は、なぜか銭湯の番台スタイル。タオルを首にかけ、木桶を抱えて梁に座っている。口癖は「まぁまぁ、ひとっ風呂浴びて落ち着きなはれ」。
「ほな、今日も湯加減よろしゅう頼んますでー!」
朝。京浜東北線ホームで通勤客が殺到し、押し合い寸前。神様は桶をひっくり返して「かけ湯や!」と叫ぶ。すると偶然、ドアが一本増えて開き、人の流れが分散。サラリーマンたちは「助かったー!」と笑顔になった。
「はいスッキリ! 大井町の朝風呂効果や!」
午前中、観光客が「劇団四季の劇場はどっち?」と改札前で迷っていた。神様は桶をポンと叩き、「舞台はあっちや!」と指さす。ちょうど劇団スタッフが通りかかり、「劇場はこちらです」と案内する。観光客は感激し、神様は満足げに頷いた。
「芸術の湯も、ここから始まっとるんや!」
昼。駅前の商店街で、買い物客が「ランチどこにしよう」と悩んでいた。焼き鳥屋、カレー屋、定食屋……どれも香りが漂ってくる。神様は桶をかざして「全部混ぜて定食にしたらええやん!」とぼやく。すると偶然、「大井町ミックスランチ」という看板が目に入り、客は即決。
「せやろ? 大井町はごった煮が似合うんや!」
午後、りんかい線ホームで外国人旅行者が「オダイバ? ドッチ?」と不安げにしていた。神様は桶を回して「お台場はまっすぐ、ゆっくり湯船に浸かる気持ちで行きや!」と叫ぶ。すると案内板がちょうど点滅して「国際展示場 →」が表示され、旅行者は安心して乗車。
「はい、異文化交流も湯加減ひとつや!」
夕方。帰宅ラッシュで人の波がぎゅうぎゅう。神様は番台よろしく「男湯こっちー! 女湯あっちー!」と叫ぶ。すると偶然、改札機が増設されて一瞬で流れが分かれ、混雑が緩和した。サラリーマンは「今日の大井町はやけにスムーズだな」と首をかしげた。
「ふふん、銭湯式仕切りは万能や!」
夜。温泉施設に吸い込まれていく人々、居酒屋で盛り上がる人々、劇団帰りでうっとりしている人々。神様は梁に腰を下ろし、桶を膝に抱えてつぶやいた。
「大井町はな、豪華でも派手でもないけど、ええ湯みたいにじんわり効いてくる街や。今日もみんな湯冷めせんと帰ってな!」
そして桶を高々と掲げ、夜空に向かって叫んだ。
「明日も湯加減最高で待っとるでー!」
その声は人には届かない。けれど、駅を出ていく人々の足取りは、不思議とお風呂上がりのように軽く、ほんのり赤らんで見えた。
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