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最後の移転

リスクは、消えない。勘定を移動するだけだ。

金融の世界で、これほど忘れられやすい保存則はない。誰かが「リスクを解消した」と言うとき、実際に起きているのは解消ではなく移転だ。バランスシートからバランスシートへ、勘定から勘定へ、リスクは形を変えながら移動し、最後に、動けない者の前で止まる。

いま、この国で、史上最大級のリスクの移動が進んでいる。起点は日銀のバランスシート。500兆円の国債と、その金利リスクだ。

この移動を、終点まで追う。先に言えるのは一つだけ。終点は、多くの人が怯えている場所ではない。

介入は時間を買っている


移動の最初の兆候は、為替市場に出ている。

円買い介入はストックの取り崩しだ。外貨準備約1.37兆ドルは巨大に見えるが、有限だ。制度上は積み増せるが、円安局面でドルを買い増せば自己矛盾になる。事実上、この局面では補充に動けない。

対する円安圧力はフローだ。日米金利差。貿易赤字。デジタル赤字。家計のNISA経由の外貨買い。毎日湧いてくる圧力を、限りある弾で受ける。時間軸で必ず負ける構図だ。

実績も、それを裏づける。円安局面の円買い介入は、回を追うごとに膨らんでいる。約9.2兆円、約9.8兆円、そして直近は月次で過去最大の約11.7兆円。過去最大の弾を撃って、相場は2ヶ月で全値戻しした。

当局は驚いていない。「投機的な動きには対応する」としか言っていないからだ。水準を守るとは一度も言っていない。介入で制御できるのは速度だけで、方向は変えられない。撃っている本人が一番わかっている。

では、何のために撃つのか。時間を買っている。問題は、何のための時間かだ。

こう読んでいる。日銀の準備が終わるまでの時間だ。

今の日銀は利上げしても効かない。国債発行残高の約半分、500兆円を抱えた緩和形のバランスシートのまま政策金利だけ上げても、市場は本気と見なさない。実際、利上げが視野に入っても円は無視した。効く利上げには前工程がいる。保有国債の、長期債から短期債への入れ替えだ。

この地味な一手は、日銀を縛る鎖を三本同時に切る。長期ゾーンから退出しても総額を維持すれば、市場から資金を引き上げるショックがない。短期債は償還のたびに新しい金利で回転するから、利上げしても逆ざやにならない。金利が上がっても評価損が出ないから、債務超過批判も消える。

FRBが先例になる。ただし、美しい先例ではない。FRBの量的引き締めは、市場の緩衝材が尽きて道半ばで止まり、いまは短期国債を買う側に回っている。縮小はできなかった。だが結果として残った形は、短期債中心の、大きいが短いバランスシートだ。量は抜けない。それでも金利リスクだけは落とせる。日銀が向かうのも、縮小ではなく、この形だと読んでいる。総額を保ったまま、長期から短期へ入れ替える。量を抜かない分、FRBが躓いた罠は踏まない。

介入で時間を稼ぎ、短期化で地ならしをして、それから利上げで円を守る。工程表としては筋が通っている。

ただし、この工程表は保存則から逃れられない。

金利リスクは消えない。日銀のバランスシートから出ていくだけだ。行き先は政府。国全体の債務が「長期固定」から「短期変動」へ組み変わり、利上げがそのまま政府の利払いに跳ねる体になる。

数字は財務省自身が出している。2026年度予算で、利払い費は13兆円、国債費は初めて30兆円を突破した。財務省の試算では、国債費は2029年度に41兆円へ、わずか3年で10兆円増える。しかもこの試算の前提より金利が1%高く推移するだけで、利払いはその先、年9兆円近く上振れていく。防衛費一年分が、金利1%で消える計算だ。

リスクは消えない。勘定を移動するだけだ。日銀から政府へ。そして政府から、誰かへ。

その「誰か」を、多くの人は確かめずに怯えている。確かめてみればいい。請求書には宛名がある。

回収は既に始まっている


政府に着地した利払いは、最終的に家計から回収される。国家に国民以外の財源はない。ここまでは確定している。未決なのは形だけだ。

形は三つある、と普通は言われる。国会で可決して税率として課す、明示的増税。インフレで現預金の実質価値を削る、インフレ税。預金金利を物価上昇より低く据え置き、預金者から所得を移す、金融抑圧。

一つ目は見える回収。あとの二つは見えない回収だ。

どれが来るか、ではない。ここが本稿の分岐点だ。

見えない回収は、既に走っている。

家計の現預金は約1,140兆円。物価上昇率と預金金利の差、つまり実質金利は、この数年マイナス1%からマイナス2%の間で推移してきた。1,140兆円に対して、年10兆円から20兆円。年間の利払い費13兆円に匹敵する規模が、毎年、預金者から静かに移転している。既に、誰の議決も経ずに、回収は走っている。

そして、この装置の主戦場は、利払いですらない。元本だ。政府債務の残高はおよそ1,100兆円。インフレが2%走れば、その実質価値は年20兆円ずつ溶ける。預金者から移転している10兆円から20兆円と、これは別の流れではない。同じ移転を、債務者の側から見た顔だ。インフレは利払いの財源ではない。元本の溶剤だ。しかも政府債務の大半はまだ長期固定金利で、インフレが来ても利払いはすぐには増えない。元本は今日から溶け、利払いの上昇は借り換えを待って数年遅れで追いかける。この時間差が、日銀が利上げを急がない理由の説明になる。遅れているのではない。遅らせている。

増税は議決がいる。デモが起きる。政権が倒れる。インフレ税は誰も可決していないのに執行される。通帳の数字は減らない。減るのは数字の意味だけだ。抵抗が発生しない回収を、政治は必ず選好する。

この国には前例がある。年金だ。保険料率は静かに上がり続け、給付はマクロ経済スライドという名の自動減額装置で削られていく。誰もそれに投票していない。国会の採決を経ずに実質給付が下がる仕組みが、先に埋め込まれていた。見えない回収は、この国の得意技だ。

では、この見えない回収は、誰に届いているのか。

宛名は現預金の在り処にある


同じ20兆円を回収する場合の、世代別の着地を試算した。仕組みは単純だ。消費課税型の増税は消費額に比例して届く。インフレ税と金融抑圧は現預金の残高に比例して届く。家計調査と資金循環の年齢階級別データで配ると、こうなる。

増税(消費課税型)なら、負担は消費に比例して広く薄く届く。最大の塊は現役、40代以下の約4割。60代以上は4割弱。

インフレ税・金融抑圧なら、6割超が60代以上に届く。40代以下は2割弱。

宛名が反転する。

理由は現預金の在り処だ。1,140兆円の過半は高齢世帯に積まれている。見えない回収は、金の在り処に正確に届く。だから6割超が上の世代に着地する。現に今、着地し続けている。

つまり、現在進行形の回収の主宛先は、現役世代ではない。上の世代だ。

ただし、ここで多くの論は限界を指摘する。インフレ税として機能するのは、期待に織り込まれていないインフレだけだ。織り込まれれば家計は逃げ、税源は痩せ、不足分はいずれ明示的増税で埋めるしかない。二枚目の請求書が、現役の消費に届く、と。

統計も、一見それを支持する。金融資産に占める現預金の比率は5割を割り、48%台まで低下して、なお下がり続けている。現預金のフローは一時、約18年ぶりにマイナスに転じた。新NISA経由で、資金は投資信託と外貨に流れ続けている。

この読みを、本稿は採らない。山の本体を見ると、崩れるからだ。

動いているのは、フローの金だ。現役世代が、給料から積む金。山の本体、1,140兆円の過半を握るのは70代以上。ゼロ金利の30年、預金は減らない資産だったから、動かないことが正解だった。いま環境は変わり、預金は持てば確実に削られる資産に変わった。それでも、山は動かない。動けないからだ。残り時間が10年の者にとって、リスク資産への転換は合理的な選択にならない。学び直しと執行の壁は、若い世代の比ではない。動かなかった者たちではなく、もう動けない者たちが、山を持っている。

冒頭の保存則には、続きがあった。リスクは移動し、最後に、動けない者の前で止まる。動けない持ち主の預金は、逃げられない税源だ。捕獲は、済んでいる。

だから、見えない回収は減衰しない。完走する。年10兆円から20兆円の静かな移転が、議決も抵抗もないまま、十年以上走り続ける。これが、確率的に最も高い経路だと考えている。明示的増税が主役に躍り出る分岐は残っているが、細い。抵抗ゼロの回収が機能し続ける限り、政治が議決の要る道をわざわざ選ぶ理由がない。

この位置で怯えてきた世代がいる。年金では、上の世代の受給倍率をはるかに下回り、払った分がやっと戻る水準まで削られた層。氷河期で入口を絞られ、支える側を最も長く務め、「いずれ大増税が来る」と言われ続けてきた層だ。その恐れに、計算はこう答える。一枚目の宛名は、あなたではない。二枚目は、おそらく発行されない。

では、捕獲された税源は、永遠に山のままなのか。

違う。山は動く。持ち主が動くときに。ここに、誰も公の場で言わない変数がある。

誰も言わない変数


団塊世代。1947年から49年に生まれた、出生数約806万人の塊。この国の人口の背骨であり、財政のあらゆる数字を歪めてきた質量だ。

彼らは今、70代の終わりにいる。

十数年後、90代に入る。生命表を機械的に引けば、その時点の生存者は2〜3割。2045年前後に、この世代はほぼ退出を完了する。

これは予言ではない。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口に、既に織り込まれた計算だ。国家は毎年、この数表を公表している。誰も言えないのは事実のほうではない。文にすることだけだ。人の死を財政の変数として口にすることが、この国では許されていない。

だから試算だけが、誰にも読まれない統計書の中で、静かに答えを出している。

年金受給者の総数は、2040年代前半にピークアウトする。給付の実質圧縮はマクロ経済スライドで既に自動進行している。年金危機は「これから来る破綻」ではない。解決装置が埋め込まれ、あとは時間が消化するのを待つだけの問題に、既に変わっている。

ただし、ここで言葉を精密にする。解決されるのは国庫の勘定であって、受給者の生活ではない。マクロ経済スライドは、財政の危機を給付水準に移し替えることで「解決」する装置だ。今の40代以下が受給側に回る頃、制度は最悪期を通過し終えているが、その制度が払う年金だけで暮らせる保証は、どこにもない。保存則は年金にも働く。国庫のリスクは消えたのではない。個人の老後に移転しただけだ。だからこそ、後述する私的移転と、自らの資産形成が、削られた給付の穴を埋める側に回る。国家はそれも計算に入れている。NISAという名の口座を先に用意して。

正確を期すために、二つ付け加える。

一つ。解決の前に、山が来る。生涯の医療・介護費は死亡前の数年に集中する。806万人が退出していく2030年代は、退出していくがゆえに、医療・介護費が最後のピークを打つ十年になる。楽になる前に、一番重い坂がある。この坂の資金繰りこそ、ここまで見てきた回収装置が総動員される理由だ。ただし坂の高さは固定ではない。高齢者の就業は既に900万人を超え、働く一人ひとりが受給者から支え手に付け替わる。健康寿命が延びれば、死亡前に集中する費用の山そのものが後ろへずれ、圧縮される。人口は変えられないが、線引きは動く。坂は高いが、削れる坂だ。

二つ。解決するのは絶対額であって、比率ではない。高齢化率は2070年まで上がり続ける。だがそれは分母の総人口が縮むからだ。財政の負担を決めるのは率ではなく絶対額であり、高齢者の絶対数は2040年代前半に峠を越える。悲観論は率を見て絶望する。本稿は絶対額を見て満期を読む。どちらの数字を見るかは、選択だ。

そして、この変数にはもう一つの側面がある。こちらのほうが大きい。

最後の移転


1,140兆円の現預金の過半を握る世代が退出するとき、その資産は消えない。移転する。

下の世代へ。史上最大規模の相続として。向こう二十年で、数百兆円規模の私的移転が起きる。インフレ税の税源だった預金の山が、宛名ごと、下の世代へ動く。

つまり団塊の退出は、給付の停止と資産の移転を、同時に起こす。

世代会計はこれを捕捉しない。世代間格差の統計は、公的な給付と負担だけを数え、親から子への私的移転を勘定に入れない。だが実際には、この世代は焼け跡から積み上げた資産を、生きているあいだは家族の中で移転し、退出とともに最後の移転を行う。上の世代は逃げ切るのではない。最後まで、渡す側にいる。

ただし、この移転は無傷では届かない。

国家は、この通り道に徴収装置を既に設置している。相続税だ。

基礎控除は4割縮小された。かつて死亡者の4%程度だった課税対象は、今や1割に迫る。都市部に持ち家と預金があれば、ごく普通の家庭が課税ラインに乗る時代に、静かに変わっている。数百兆円の移転が始まる前に、網は張り替えられていた。

これで回収の全体像が完成する。形は三つではない。四つだ。

インフレ税で、生前に削る。金融抑圧で、生前に削る。相続税で、移転の瞬間に削る。そして明示的増税が、それでも足りない場合の予備として、最後に置かれている。

四つのうち三つは、投票を経由しない。インフレ税は議決がなく、金融抑圧は気づかれず、相続税はどうか。死者は投票しない。生きている相続人は課税に不満でも、「もらう側」の不満は政治的な力にならない。抵抗が構造的に発生しない場所だけを選んで、回収装置は並んでいる。

設計としては、見事というほかない。そして、この設計を知っているかどうかで、同じ移転を受ける側の手取りは変わる。移転は来る。無傷では来ない。それだけのことだ。

坂の登り方


移動の全体を、もう一度並べる。

日銀のバランスシートから、金利リスクが政府へ移る。政府の債務は、インフレと抑えられた金利の間で、元本から溶けていく。溶けた分は消えたのではない。家計の現預金から、年10兆円から20兆円、議決なしで移転している。主宛先は上の世代の、動かない預金。税源は捕獲済みで、回収は減衰せず、持ち主の退出まで走り切る。そして2040年代、給付は峠を越え、四つの網をくぐりながら、史上最大の私的移転が完了する。

保存則の通りだ。リスクは一度も消えていない。日銀から政府へ、政府から預金者へ、預金者から相続人へ。勘定を移動しながら、世代を降りていく。

これが、確率的に最も高いと考える経路だ。名前をつけるなら、静かな完走。危機は来ない。破綻も来ない。大増税も、おそらく来ない。抵抗の発生しない回収が、動けない税源の上を、十数年かけて走り切る。r<gは観測すべき偶然ではない。日銀が実質金利をマイナスに保ち続けるという、選ばれた政策そのものだ。税収が5年連続で過去最高を更新し、基礎的収支を黒字とする予算が28年ぶりに組まれたのは、この装置が既に機能している証拠にほかならない。

だから、利上げも量的引き締めも、円高をもたらさない。名目の金利がいくら動いても、実質の符号が変わらないからだ。政策金利がインフレを超えない限り、円の現預金は削られ続け、円を売る構造は残り続ける。円安は政策の失敗ではない。実質マイナス金利という選択の、為替市場に映った影だ。

この経路のすべてが不確実性を含む。ただ一つを除いて。

この国で、負けが設計されている場所が一つだけある。円の現預金だ。株が上がるかは分からない。金が上がるかも、ドルがどうなるかも分からない。だが、円の現預金が毎年1%から2%ずつ実質価値を失うことは、予測ではない。政策だ。不確実性の海の中で、そこだけが確実に沈む。

ここまでが構図で、ここからが答えだ。構図を書くだけなら評論で済む。だが投資家は、構図の中のどこに立つかを決めて、初めて書く資格を得る。

昨年、円の現預金を、待機資金まで含めて、すべてドルに転じた。

きっかけは一つの記者会見だった。日銀総裁は利上げを語るとき、引き締めとは決して言わない。常に、緩和度合いの調整、と言う。この語彙の意味は一つしかない。調整の後もなお緩和的、つまり政策金利をインフレの上には出さない、という宣言だ。積極的な利上げ、実質金利をプラスに戻す利上げは、選択肢の棚に最初から載っていない。それを聞いた翌週には、動かした。

もっと円高の局面を待つべきだったか。違う。あの構造が十年続くなら、入口のレートの数円は誤差で、待つ一日ごとに、確定した目減りだけが積もる。確信が成立した瞬間が、最適な執行時点だった。レートを当てにいったのではない。設計された敗者の席から、立っただけだ。

誤解しないでほしい。これは日本への売りではない。

円で稼ぎ、円で暮らし、この国で書いている。そして、この国の先行きは、構造的に悪くないと見ている。労働は30年ぶりに希少資源に変わり、賃金の交渉力は働く側へ戻り始めた。人口動態がそうさせるのだから、逆転しない。給付の峠には満期があり、峠の向こうでは、史上最大の私的移転が下の世代を待っている。降りたのは、日本からではない。円の現預金という席から、だ。国と、その国の通貨建ての預金は、別の資産だ。混同したまま怯えるのが、一番高くつく。

この結論が裏返る条件も、先に書いておく。日銀が、利上げを緩和度合いの調整と呼ぶのをやめたとき。実質金利をプラスに戻しに来たとき。その日が来たら、本稿の線は引き直す。だがその日まで、線の上を歩く。

影は長い。だが端がある。そのあいだ、坂は登るしかない。ただし、どの足場で登るかは選べる。

リスクは消えない。移動するだけだ。そして誰の資産も、どこかの勘定に置かれている。置き場所を選ばない、という選択肢だけが、存在しない。


試算の前提:普通国債残高約1,100兆円。世代別配賦は家計調査(世帯主年齢階級別消費支出)および年齢階級別現預金残高に基づく概算。家計現預金約1,140兆円・現預金比率48%台(資金循環統計、2025年12月末)、利払い費13.0兆円・国債費31.3兆円(2026年度当初予算)、国債費の後年度見通しおよび金利1%上振れの影響(財務省「後年度歳出・歳入への影響試算」2026年度予算ベース)、外貨準備約1.37兆ドル(直近月末値)、円買い介入額は2022年・2024年・2026年の各局面の公表値。年金の世代間受給倍率は厚労省試算に基づくが、事業主負担の扱い等の前提により値は変動する。

このnoteは投資アドバイスではありません。

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