気持ちだけ春になってしまうころ― 立春―
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
先日2月4日に、立春を迎えました。
暦の上では、春の始まりです。
とはいえ、
まだまだ寒い日が続いていて、
どこが春やねん。
と思う方がほとんどでしょう。
「春です」と言われても、
体の感覚は、冬のまま。
ですが、
ちょっと変化を気にしてみると、
一日の日が伸びてきたり、
空の色が少し明るくなってきたり、
自然は、確かに、
春へ向かって動き出しているんだなと
感じることができるかもしれません。
でも、
体は、まだまだ冬の延長線上にいます。
心と体のズレが生じています。
体より、気持ちだけが、
先に春になってしまいがちなのが、
立春という、この時期。
新年もあっという間に、
一月が過ぎ、
「何か始めなきゃ」
「そろそろ動き出さないと」
「サボってちゃダメだ」
そんな思いが、
ふっと湧いてきたりする。
でも体は、
まだ静かにしていたい。
もう少し、
冬の余韻の中にいたい。
この気持ちの早さと、
体の遅さの間の
小さなズレ。
多くの人は、
このズレを感じたとき、
こう考えます。
「気合いが足りないのかも」
「やることやらないと」
「このままじゃ、またダメになってしまう」
そして、気持ちが焦り
無理に春モードに切り替えようとする。
新しいことを詰め込んだり、
予定を増やしたり、
気持ちを前に押し出したり。
でも、
立春は「春の本番」ではありません。
春の準備が始まった合図にすぎません。
自然の流れで観るならば、
この時期の体は
まだ冬の終わりにいます。
冬のあいだに溜めてきた疲れや、
緊張や、重たさが、
少しずつほどけていく途中です。
だから、
すぐに軽やかに動けなくても、
それが自然です。
むしろ、
まだ重たいままでいるほうが、
季節的には合っています。
立春のととのえ方は、
とても静かなものです。
何かを始めることではなく、
光の変化に気づくこと。
気づくだけでいい。
朝、少しだけ明るくなった空。
夕方、まだ残っている光。
冷たい空気の中に混ざる、
わずかな柔らかさ。
そういう小さな変化に
気づくだけで十分です。
気持ちが先に春になっても、
体がまだ冬でも、
どちらも間違っていません。
春は、
無理に迎えに行くものではなく、
自然とやってくるもの。
動けない日があってもいい。
まだ始まらなくてもいい。
立春は、
「動き出す日」ではなく、
「春が近づいてきたことに気づく日」。
あなたがもし今、
「何か始めなきゃ」と
少し焦っている自分に気づけたなら、
その気持ちを
無理に押し込めなくて大丈夫。
ただ、
「気持ちはもう春なんだな」
と眺めてみてください。
体のほうは、
もう少しだけ
冬のままでいても大丈夫。
光は、
ゆっくり伸びていきます。
春も、
静かに近づいてきます。
あなたが急がなくても、
季節はちゃんと巡ってきます。
また、
次の節気でお会いしましょう。
ととのえ職人
五木田穣

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