いるだけでいい ということ
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
前回の記事で、
「どこにも居場所がなかった過去」について書きました。
自分の居場所は、どこだろう?
子どもの頃から
ずっと考えてきた問いです。
家にも、学校にも、
居場所はありませんでした。
少なくとも、
安心していられる場所ではありませんでした。
気づいたこと
前回の記事でも書きましたが、
私には居場所がなかったわけではありません。
家もあったし、学校もあった。
でも、
安心していられる場所がなかった。
あったのは、条件付きの居場所。
自分ではないものに合わせることで、
その居場所に所属しようとしていた。
合わせることができなくなったら?
居場所はなくなってしまうのだろうか。
人は、
何かをしないと
価値はないのだろうか。
それとも、
何もしなくても
価値があるのだろうか。
私は、こう思います。
人は、
ただ、そこにいるだけでいいと。
本当の居場所
本当の居場所は、
ただ、そこにいていい場所。
いるだけでいい場所。
誰かの役に立たなくてもいい。
何かができなくてもいい。
変わろうとしなくてもいい。
ただ、そこにいるだけでいい。
居場所というのは、
どこかに見つけるものでは
ないのかもしれません。
何かができるから
そこにいられるのでもなく、
誰かの役に立つから
そこにいられるのでもない。
ただ、そこにいるだけでいい。
自分らしくあれる場所。
自分に帰れる場所。
私が追い求めていた場所。
そんな場所が、
この世界のどこかに
あってもいい。
そう思って、
小さな場所を作りました。
それが
ととのい村です。
いるだけでいい場所
ととのい村は、
何かができる人の場所ではありません。
頑張る人の場所でもありません。
ただ、いるだけでいい場所。
自分を取り戻す場所。
自分をととのえる場所。
ただ、いてもいい場所。
自分に帰れる場所。
自分らしく在れる場所。
もし、周りに合わせることに、
少し疲れてしまっているなら、
ととのい村にきてみてください。
居場所というのは、
どこかに見つけるものではありません。
自分の中に、見つけるもの。
ととのえ職人
五木田穣
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