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やさしさで疲れた日は、自分にもやさしくする― 誰かを大切にする前に、自分を置き去りにしない ―

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。

昨日は、
人に合わせすぎた日は、
自分の呼吸を戻す、
という話を書きました。

人に合わせることは、
悪いことではありません。

相手を思いやること。
場の空気を読むこと。
相手のペースを尊重すること。
誰かに寄り添うこと。

それは、
人と関わる中でとても大切なことです。

でも、
合わせすぎると、
気づかないうちに自分の呼吸が浅くなる。

相手に合わせているつもりで、
自分の感覚を置き去りにしてしまう。

そんな話でした。

今日は、その続きとして、
「やさしさ」について書いてみたいと思います。

やさしい人ほど、
疲れていることがあります。

誰かを大切にしようとして、
自分を後回しにしてしまうことがあります。

相手を傷つけないようにしているうちに、
自分の心と体を傷つけていることがあります。

今日は、
やさしさで疲れた日は、
自分にもやさしくする。

そんなテーマで書いていきたいと思います。



やさしさは、悪いものではない

まず、当たり前の話ではありますが、
やさしさは悪いものではありません。

人の気持ちを考えられること。

相手の立場を想像できること。

困っている人に手を差し伸べられること。

強い言葉を飲み込めること。

相手を急がせずに待てること。

自分だけではなく、
誰かのことも大切にできること。

それは、
とても大切なことです。

やさしさがあるから、
人は支え合えます。

やさしさがあるから、
関係は続いていきます。

やさしさがあるから、
誰かが少し安心できます。

だから、
やさしい自分を責めなくていい。

人に気を配ってしまう自分を、
弱いと思わなくていい。

相手のことを考えすぎてしまう自分を、
すぐに直さなければいけないと思わなくていい。

そのやさしさで、
これまで誰かを救ってきたはずです。

そのやさしさがあったから、
守られた関係もあったはずです。

でも、
どれだけ大切なやさしさでも、

自分を置き去りにし続けると、
少しずつ疲れていきます。


やさしさが、自分を後回しにする

やさしさで疲れている時、
そこにはよく、
自分を後回しにする癖があります。

相手が大変そうだから、
自分は我慢する。

相手が困っているから、
自分の予定をずらす。

相手を傷つけたくないから、
本当は嫌でも引き受ける。

場の空気を悪くしたくないから、
思っていることを飲み込む。

相手が不機嫌にならないように、
自分の感情を小さくする。

これくらいなら大丈夫。

自分が少し我慢すれば済む。

相手のためだから仕方ない。

そうやって、
自分の疲れや違和感を、
後回しにしてしまう。

もちろん、
人と関わる中で、
一時的に自分を後回しにすることはあるでしょう。

それが必要な場面もあります。

でも、
それが続きすぎると、
自分の心と体は、少しずつ苦しくなっていきます。

やさしくしているはずなのに、
なぜか疲れる。

相手を大切にしているはずなのに、
自分の中に寂しさや怒りが溜まっていく。

それは、他人にはやさしいかもしれませんが、
自分には、きびしくしてなっています。


自分には、きびしくしていないか

人にはやさしいのに、
自分にはとてもきびしい。

そんな人は多いです。

相手が疲れていたら、
「休んでいいよ」と言える。

相手ができなかったら、
「そんな日もあるよ」と言える。

相手が落ち込んでいたら、
「無理しなくていいよ」と言える。

相手が迷っていたら、
「焦らなくていいよ」と言える。

でも、
自分に対しては、どうでしょうか。

疲れていても、
「まだできる」と言っていないか。

できなかった時に、
「なんでできないんだ」と責めていないか。

落ち込んでいる自分に、
「そんなことで落ち込むな」と言っていないか。

迷っている自分に、
「早く決めなきゃ」と急がせていないか。

人にはかけられる言葉を、
自分にはかけられていない。

やさしさがある人ほど、
誰かの痛みには敏感なのに、
自分の痛みには鈍くなっていることがあります。

誰かの小さな変化には気づくのに、
自分の小さな違和感はなかったことにしてしまう。

誰かのためには時間を使うのに、
自分のための時間は削ってしまう。

それは、
やさしさが足りないのではなく、
やさしさの向け方が偏っています。


やさしさが疲れに変わる時

やさしさは、
本来あたたかいものです。

でも、
自分を消してまで相手に向け続けると、
やさしさは、疲れに変わっていきます。

相手の反応を気にしすぎる。

相手の機嫌を取り続ける。

相手がどう思うかばかり考える。

断れない。

頼まれると引き受けてしまう。

本当は嫌なのに、
嫌と言えない。

本当は休みたいのに、
相手を優先する。

そうしているうちに、
自分の内側に、
小さなズレが生まれます。

相手にはやさしくしたい。

でも、自分は苦しい。

相手を大切にしたい。

でも、自分は疲れている。

相手を傷つけたくない。

でも、自分が傷ついている。

このズレに気づかないまま、
やさしさを続けていると、
いつか心と体が限界を知らせてきます。

なんとなく重い。

人に会うのがしんどい。

返信するのがつらい。

頼まれるのが怖い。

誰かのために動くことが、
負担に感じる。

そういうサインを感じはじめたら、
自分にもやさしさを向ける必要があるのだと
心と体が知らせてくれています。


自分にもやさしくするとは、甘やかすことではない

自分にやさしくするというと、
甘やかすことのように感じる人もいるかもしれません。

自分に甘くする。

努力しなくなる。

わがままになる。

人のことを考えなくなる。

そんなふうに思う人もいるかもしれません。

でも、
自分にやさしくすることは、
自分勝手になることではありません。

自分にやさしくするとは、
自分の状態をちゃんと見ること。

疲れている時に、
疲れていると認めること。

嫌なものを、
嫌だと感じてもいいとゆるすこと。

できない時に、
できない自分を責めすぎないこと。

休む必要がある時に、
休むことをゆるすこと。

人に向けている丁寧さを、
自分にも少し向けること。

それは、
自分を甘やかすことではなく、
自分を雑に扱わないことです。

自分を雑に扱わないから、
誰かのことも雑に扱わずにいられる。

自分の限界を知っているから、
相手の限界にも気づける。

自分の疲れを認められるから、
相手の疲れにもやさしくなれる。

本来、自分が持っていないものは、
相手に与えることはできません。

あなたは、すでにやさしさを持っている。
だから、人にやさしくすることができる。

でも、
人にやさしくする以上に、自分にやさしくする。

それは、
やさしさを長く続けるために、
必要なことです。


やさしさには、境界線も必要

やさしさには、
境界線も必要です。

どこまでなら引き受けられるのか。

どこから先は、
今の自分には難しいのか。

何を手伝えて、
何は手伝えないのか。

いつなら話を聴けて、
いつなら休みたいのか。

どんな関わりならできて、
どんな関わりは苦しくなるのか。

それを知っておくことは、
大切です。

境界線がないやさしさは、
いつか自分をすり減らします。

そして、
自分がすり減りすぎると、
相手にもやさしくいられなくなります。

本当は助けたいのに、
助けることがつらくなる。

本当は話を聴きたいのに、
聴くことが重くなる。

本当は関わりたいのに、
関わることが怖くなる。

そうなる前に、
自分の境界線を知ること。

それは、
自分にも、相手にも、やさしいことです。

やさしさは、
全部を引き受けることではありません。

相手の人生を、
自分が背負うことでもありません。

自分の足で立ちながら、
必要な時に手を差し伸べること。

相手も自分も、
どちらも消さないこと。
どちらも大事にすること。

境界線は、必要です。


やさしさで疲れた日にできること

やさしさで疲れた日には、
まず、自分にもやさしさを向けること。

たとえば、
今日はもう返信を急がない。

一人になる時間をつくる。

予定を一つ減らす。

温かいものを飲む。

深く息を吐く。

「よく人のことを考えられたね」と自分に言う。

「でも、もう少し自分のことも考えていいよ」と声をかける。

相手のために使った時間と同じくらい、
自分のための時間をつくる。

何かをするより、
何かをやめる。

誰かに向けていた意識を、
少しだけ自分の体に戻す。

胸は詰まっていないか。

呼吸は浅くなっていないか。

肩に力が入っていないか。

本当は、何を言いたかったのか。

本当は、何を断りたかったのか。

本当は、何を休みたかったのか。

やさしさで疲れた日は、
まず、自分のところへ戻る日です。


今日の小さな問い

最後に、
今日の小さな問いを置いておきます。

今日、誰にやさしくしようとしていましたか。

その時、
自分のことをどれくらい見ていましたか。

本当は、
どこで少し無理をしていましたか。

相手を大切にするために、
自分を後回しにしすぎていませんでしたか。

人には言えるやさしい言葉を、
自分にもかけられますか。

今の自分に必要なのは、
もう少し頑張ることでしょうか。

それとも、
少し休むことでしょうか。

今日、自分にやさしくするなら、
何をひとつ減らせそうですか。

全部に答えなくていいです。

ひとつだけでもいい。

やさしさを、
相手だけに向けるのではなく、
自分にも少し戻していくための問いです。


やさしさで疲れた日は、自分にもやさしくする

やさしさで疲れた日は、
自分にもやさしくする。

誰かを大切にしようとした自分を、
ほめてあげる。

よく気づいたね。

よく考えたね。

よく合わせたね。

よく支えようとしたね。

そう言ってあげる。

でも同時に、
もう少し自分のことも見ていい。

疲れているなら、
疲れていると認めていい。

嫌だったなら、
嫌だったと感じてもいい。

休みたいなら、
休んでもいい。

断りたかったなら、
次は、少しだけ境界線を引いてもいい。

やさしさは、
自分を雑に扱うことではありません。

自分を置き去りにしたまま、
誰かを大切にし続けることでもありません。

自分にもやさしくできるから、
相手にもやさしくいられる。

自分の呼吸を戻せるから、
人との関係も少し丁寧に扱える。

今日、もし、やさしさで疲れているなら、
そのやさしさを、
ほんの少しだけ自分にも向けてみてください。

あなたが誰かに向けてきた言葉を、
今日は自分にも向けてあげる。

あなた自身に、
やさしい時間をつくってあげてください。

ととのえ職人
五木田穣


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