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仕事帰りに、世持神社に参拝🙏

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

仕事終わりに、奥武山公園(おうのやまこうえん)に寄りまして、
世持神社(よもちじんじゃ)に参拝してきました。

公園のど真ん中にありまして、シーサーが護る奥に、ひっそりと佇みます。

気持ち良い光です✨

拝殿です。

世持とは、沖縄の古語で
「豊かなる御世、平和なる御世を支え持つ」
という意味だそうです。

御祭神は、
野国総官(のぐにそうかん)
・儀間真常(ぎましんじょう)
・祭温(さいおん)
の3柱。

沖縄を救い、繁栄をもたらした沖縄の産業の三恩人だそうです。
(内地出身だと全くわからないですが😅、勉強しました)

野国総管は、中国から甘藷(かんしょ=イモ)を持ち帰り、栽培を始めたそうです。1605年の出来事。毎年台風が襲来する中で、台風の被害の少ない「イモ」は、人々にとって貴重な食糧源になったことでしょう。

ちなみに、日本での「イモ」の栽培は沖縄(琉球国)で始まり、琉球王朝時代に薩摩藩に侵略され、持ち帰られ、「サツマイモ」と名付けられ、日本全国に広がっていきました。

正確に言うならば、唐芋→琉球芋→薩摩芋なのです。

さらにちなみに、日本史的には、江戸時代に青木昆陽が薩摩芋の栽培を幕府に進言し、飢饉を救ったという話があります。千葉の幕張で、栽培に成功したということで、京成の幕張駅の目の前に青木昆陽を祀る昆陽神社があります。(隣駅の幕張本郷駅に以前住んでいました)

2018年9月1日参拝

さらにさらに言うなら、薩摩芋の生産量は、鹿児島が1位ですが、2位と3位は、千葉と茨城です!千葉では、香取、成田、多古あたりが生産量が多い地域で(私のまさに地元エリア)、私は薩摩芋と共に育ったみたいなところがあり、生まれ育ったところから、住んできたところが、なぜか芋と関係する場所で、謎のご縁に歓喜しております(笑)前世で芋を育てていたのかもしれません。

だからこそ!芋系男子(?)として、芋については語りたい!!!
…というわけで、無駄に説明が長くなってしまいました(笑)

最後のちなみに、野国総管の地元の嘉手納町には、野国総管を祀る野國總管宮(のぐにそうかんぐう)もあります。(まだ行ったことないので、今度行ってみよう)

儀間真常は、イモ作の普及、製糖法の導入と普及、木綿織りの導入と普及をした人物。

蔡温は、琉球王朝時代の沖縄を代表する大政治家。

そんな御三方に対して、「世のため人のため、精進致します。ご縁に感謝します」と祈って(意宣って)きました。

拝殿の隣には、小さな祠もあります。
(何の神様かは、不明)

…あ!
…お分かりいただけただろうか。。

神猫様だ!!🐈

神猫様が降臨された!!🐈

🐈「くるしゅうない」
🧔‍♂️「ありがとうございます!」

…という、芋と猫の話が書きたかっただけでした(笑)

それでは、また👋

あなたの今日が、素晴らしい1日でありますように。

ととのえ職人 五木田穣

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