【慰霊の日】沖縄県護国神社の慰霊祭に参列してきました。で、思うこと、感じたことなど。
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
ここ沖縄では、6月23日は「慰霊の日」となっており、各地で慰霊祭や追悼式が執り行われています。
県外の方でも知っているのは、平和祈念公園での追悼式ではないでしょうか。テレビのニュースなどに取り上げられるのはこちらですからね。
80年前の昨日、6月23日。沖縄戦の戦闘が終わったとされる日。司令官と参謀長が自決し、大日本帝国軍の機能が崩壊した。事実上の沖縄戦の終わり(この後も逃げてる人々などいましたが)となった日。
沖縄戦で亡くなったとされる約20万人の方々を追悼する日。今日は、沖縄県民の祝祭日となっており、学校などもお休みとなっています。
私も、毎年どこかしらにいっては祈りを捧げています。
※先に言っておきますが、私は右翼でも左翼でもありません。ただ、事実をみて、主観と客観の両方で考えているだけです。
※右翼とか左翼とかいう発想が、対立を生み、争いが絶えなくなるのです。(どちらの言い分にも分かる部分と、分からない部分があります)
※私自身は、中庸であることを心掛けています。
そんな今年は、初めて、沖縄県護国神社の慰霊祭に参列してきました。

沖縄県護国神社に初めて参拝したのは、2018年3月と、まだ移住前でした。
※そういえば、この時の来沖をきっかけに沖縄移住する方向に動きだしましたね。
次は、2019年3月で、この時はもう移住前の視察というか、住むエリアの選定できてました。ので、よろしくお願い致しますという、ご挨拶にという気持ちでした。
沖縄移住後も、ちょくちょく参拝しにいってまして、
だんだんとご縁が深まり、今回の参列するに至りました。

慰霊の日は、県内各地で、「あの戦争を忘れない」という、沖縄県民の強い意志を、より感じる日です。
私は、ナイチャー(内地の人間)ですし、ヤマトンチュ(ウチナンチュではない)ですが、気持ちは、ウチナンチュのつもりです。
ウチナンチュになりきれなくても、沖縄の方に対する敬意と尊重の念があります。ので、沖縄についての理解を深めたいと、調べ、考え、勉強もたくさんしてきています。
※沖縄という場所は、日本の問題の縮図と考えています。
沖縄と、広島と長崎は、より戦争というものを特別に感じる場所だと思います。
特に沖縄は、1945年から1972年まで、アメリカの占領下にあり、その後も米軍はそのまま駐留し続け、未だに毎日戦闘機が頭上を飛び交っています。あの日を忘れたくても忘れられないと言ってもいいかもしれません。
※これは、住んでみて分かることですが、本当に日常的にうるさいです。
沖縄には「リアル」がある。それは、移住してより感じています。ただ、日常的に慣れていってしまっている自分もいます。一言では片付けられない複雑さが沖縄にはある。これは、住めば住むほど、色んな人と知り合うほど、感じます。…闇が深い。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、結論から言って、沖縄県護国神社での慰霊祭に参列ができてとても良かったです。
私自身は、遺族でもないし、直接の関係性はありません。ただ、すべての戦没者の命の上に、私たちの今がある。感謝の気持ちと慰霊の気持ちしか湧いてきません。その気持ちで参列しました。
祭典は、戦後80年の節目ということで、例年より規模が大きかったようです。祭典では、コカリナ演奏、書の揮毫、琉球風車によるエイサーの奉納もありまして、すべてが特別で、感動的なものでした。
そこに、一人一人の「想い」が乗っかっていて、その波動を感じ、目頭が熱くなりました。最初に全員で国家斉唱もしたのですが、この時点で目頭が熱くなっていました。心と魂が震える時空でした。
個人的には、若者たちが一生懸命エイサーを演舞する姿に、特に感動しました。エイサーは、お盆に先祖供養として行われる念仏踊りであり、英霊たちに奉納する様子は、まさに先祖供養であり、その気持ちが感じられたというか、こういう熱い想いを持っている若者たちがいるならば、未来は安心だと感じたのです。こうやって、うむい(想い)は継承されていくのだなと感じて、本当に心と魂が震えました。
移住前や移住当初に参拝していた時には、怖さというか、悲しさというか、何とも言えない重い空気を感じ取ったものですが、もうすぐ移住して丸6年を迎えようとする今日この頃は、優しい空気というか、温かさというか、だいぶ沖縄の気に馴染んだなと感じています。
神仏がいるとかいないとかそんな議論はどうでもよく、何か大きな力というか、流れというか、そういうものはあると思います。これは、実体験として。
それは、思考が現実化してるとも言える。うまくいかないと思ったら、うまくいかない。うまくいくと思ったら、うまくいく。そんなもの。世界はそうやってできている。
私たちの思考が現実をつくっている。
そして、私たちの思考と行動が未来を創っていく。
戦争を二度とさせない。そう、心の底から決めればいい。全員がそう願い、そういう行動をとった時、それは現実化する。80年続いたんです。これからもずっと。
縄文時代には、支配という概念はありませんでした。すべてが共有されており、共存し、共栄していた。争いがなかった。奪い合いがなかった。だから、1万年以上も平和な時代が続いた。
所有という概念が生まれてから、争いが生じた。富を得るものが現れ、支配という概念が生まれた。
縄文時代が長続きして、弥生からおかしくなった(500〜600年しか続いていない)のは、稲作を始めたからです。農業というものが始まったから、人口が増えた。人口が増えると、労働力は増える。生産力は高まる。必要以上に収穫できるようになる。
結果、ムラに人が溢れる。食べ物が溢れる。人が溢れると管理する必要も出てくる。食べ物が溢れると欲が生まれる。そこに支配と権力が生まれた。そうやって、おかしくなっていった。それが今も続いている。必要最低限、適量という概念を取り戻す必要があると思います。
今の世は、二元論で対立を生みやすくしている。良いか悪いか。それで、戦争したい人たち(儲かる)が、戦争をさせようとしている。それが、歴史的にみた事実。二元論思考をやめる、手放すところがスタートかと思います。
どんなに煽られ、どんなに洗脳されそうになっても、自分の信念を心に刻んでおく。思考は現実化する。言葉は現実化する。行動が現実化する。
戦争?そんなものは、拒否する!
瀬長亀次郎氏のような、本物の政治家が現れることを願って。
最後に、インド独立の父、ガンジーの言葉をいくつか贈りましょう。
「重要なのは行為そのものであって、 結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは、 自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ。」
「他人に変わって欲しければ、自ら率先して変化の原動力となるべきだ。」
「強さとは、身体能力ではなく、不屈の精神から生まれるものだ。」
「恐怖が不信を生むのです。誰か1人でも恐れることをやめたら、我々は争うことをやめるでしょう。」
「幸福とは、考えること、言うこと、することが調和している状態である。」
「死ぬ覚悟ができていれば、人は自由に生きられる。」
「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。」
「善良さには知識が伴っていなければならない。単なる善良さは役に立たぬ。」
「あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。」
「たとえあなたが少数派だとしても、真実は真実なのです。」
「未来は、今我々が何を為すか、にかかっている」
「君の信念が、君の考えになる。
君の考えが、君の言葉となる。
君の言葉が、君の行為になる。
君の行為が、君の習慣となる。
君の習慣が、君の価値観となる。
君の価値観が、君の運命となる。」
以上です。
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あなたの今日が素晴らしい1日でありますように。
ととのえ職人 五木田穣
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