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「面倒くさい」が、一本の記事になった。

朝、コーヒーを淹れていた。
お湯を落とすと、ふわっと香りが立つ。

自分の一杯を淹れているときは、
その数分が少しゆったりした時間に感じた。

そこでもう一杯、カミさんの分も
淹れることになった。

その瞬間だった。

面倒だな。

なぜだ。

誤解しないでほしい。
ちゃんと淹れましたからね。

しかしである。

同じドリップ時間なのに。
同じようにお湯を注ぐだけなのに。

自分の一杯なら「ゆったりした時間」で、
もう一杯増えたら「手間」になる。

気分ひとつで、
こんなにも感じ方が変わるものなのか。

しかも僕は普段、

「モチベーションを言い訳にしたくない」
と思っている。

やると決めたことは、
気分が乗るかどうかではなく、やる。

仕事でも、文章を書くことでも、
できるだけそうありたい。

「今日は気分が乗らないからできません」
「モチベーションが上がりません」
そういう言い訳は、
あまりしたくない。

などと言っている人間が、

寝起きのコーヒーを
もう一杯淹れるだけで、

「ちょっと面倒くさいな」

と思っている。

いかん。

きっと寝起きには魔物がいる。

でも、少し経ってから思った。

これ、
コーヒーだけの話じゃない気がする。

書くことだって、
やっていることは同じで
noteを書くときにも、
似たようなことがある。

パソコンを開く。

何かを思い出しながら、
言葉にしてみる。

書いて、消して、
また書き直す。

少しずつ文章にしていく。

基本的に、
やっていることはいつも同じだ。

なのに、その前に何があったかで、
「書く」ことへの気持ちはけっこう変わる。

たとえば、
ものすごく読み応えのあるnoteを読んだあと。

共感できる。
視点もいい。
文章もうまい。

「うわ、いい記事だな」
と思う。

そこで終わればいいのだけど、
自分のnoteを書こうとした瞬間に、
別のものが顔を出す。

自分が書くことって、
何なんだろう。

誰かと競っているわけではない。

その人の記事がよかったなら、
素直に「よかった」でいい。

なのに。

うまいな。
くやしいな。

そんな気持ちが出てくる。

「くやしい」は、悪い気分なんだろうか?
前なら、こういう気分は邪魔なものだ
と思っていた。

気分に左右されずに書く。
モチベーションに頼らずにやる。

そのほうがいい、と。
今も基本的にはそう思っている。

でも、この「くやしい」は、
ただ落ち込む感じとは少し違う。

むしろ、火がつく感じに近い。

自分も書きたい。
もう少しちゃんと書きたい。

自分の中にあるものを、
もう少し伝わる形にしたい。

そんな方向に、
気持ちが動いていく。

ここで少し、
考え方が変わった。

気分に左右されること自体が、
全部悪いわけではないのかもしれない。

気分を消すより、
何に反応したかを見てみる。

コーヒーを淹れる。
文章を書く。

やっていること自体は、
昨日も今日もそれほど変わらない。

それでも、

優雅に感じる日もあれば、
面倒に感じる日もある。

楽しく書ける日もあれば、
重たい日もある。

人の文章を読んで、
くやしくなる日もあったりする。

たぶん僕らは、
行動そのものだけではなく、
その前後に何があったか
にも、けっこう引っ張られている。

文脈とかコンテクストとか、
そういう言葉になるんでしょうね。
急に賢そうな言葉を使ってしまった。

要は、

同じことをしていても、
その直前に何があったか
とか誰に何を言われて
自分に余裕があるかどうか?

それだけで、
感じ方は変わってしまう。

だったら、
気分の揺れをなくすことばかり
考えなくてもいいのかもしれない。

揺れたときに、
「なんで今、こう感じたんだろう」と、
ちょっと立ち止まってみる。

面倒だと思ったなら、
なぜ面倒だったのか。

くやしいと思ったなら、
何がくやしかったのか。

書けないなら、
何が引っかかっているのか。

そうやって見てみると、
そこに書くものが落ちていることがある。

この記事もしかり。
「面倒だな」から、一本書けてしまった。

今朝の僕は、
コーヒーをもう一杯淹れるのを
少し面倒だと思った。

そんな自分に、
ちょっとがっかりもした。

モチベーションを言い訳にしたくないとか
言っておいて、
コーヒー一杯でこれか、と立ち止まっって
考えたことが記事になった。

その小さな気分の揺れから、
ここまで文章を書けた。

なんだか不思議である。

気分に左右される自分を
なくそうとしていたのに、
その気分に左右された自分が、
今日の記事のネタにできた。

だったら。

書けない日も、面倒な日も、くやしい日も
すぐに追い払わなくてもいいのかもしれない。

「今日はダメだ」で終わらせず、
自分はいま、何に反応したんだろうって
考えてみる。

もしかすると、
気分が左右するからこそ
書ける記事があったりする。

少なくとも今日は、「面倒だな」から、
一本書くことができた。

寝起きの魔物も、
たまには役に立つらしい。

もし今度「書く気になれない日」が
来たら、この記事を思い出して
もらえたらうれしいです。

最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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