白金台で出会った港区おじさんの話
東京のバーで飲んだことのある女性なら、誰しも一度は出会ったことがあるだろう、伝説のポケモンの話を聞いて欲しい。
友人に連れられて白金台のバーでお酒を飲んだ。元々、麻布十番で働いていたお姉さんが半年前に自分のお店として開いたらしい。お店自体、ものすごく雰囲気がいい。マスターであるお姉さんは美人なのにツンケンしておらず、かなり気がいい。色んな人と関わることが多いので、一見して「あ、この人は気がいい」と分かるようになってきた。最近の私、スピなのかもしれない。
一軒家のような見た目のビルの2階。10席ほどしかないコンパクトな店内は、グレーと薄いピンクで統一されている。かなりおしゃれだ。にもかかわらず居心地がいいのは、90年代のJ-popが流れていたからであろう。宇多田ヒカルが出迎えてくれた。いっつおーとまてぃっく!
1時間ほどすると、おじさんが隣に座ってきた。この店の常連らしい。
黒の革ジャンに、太めのデニム。綺麗に整えられた頭髪。青いスカーフを無造作に首に巻いている。服を着ていても分かる鍛えられた身体に加えて、はち切れそうな肌の艶めき。身長は175センチくらいだろうか、高すぎず低すぎず。年齢は59だと言っていた。もう少し若く見える。そして、絶対にモテてきたであろう端正な顔立ち。
座るや否や、当然の如く話しかけてきた。あ、私あなたの知り合いでしたっけ?と唖然とした顔をしている私に目もくれない。入りの言葉は「今日はゴルフをして来たんだけどね。今日は上手くいかなかったんだよ、前半45後半43。上手くいかないね〜」突然自慢か?と癪に障りながらも、その締まった身体はゴルフの腰使いで鍛えられたものだったのかと納得した。
こういう時、無駄に社交的な私はニコニコと話を聞いてしまう。きっと性格に何かしら問題があるのだが、どんなことにも少し興味を持ってしまう。見た目の良いおじさんだったこともあり、この人は何をしている人なのだろう?と気になってしまった。
ゴルフの話から始まり、おじさんは自分の話をずっと続けた。息継ぎしていないのではないか?と思うほど溢れんばかりに話し続ける。この手のおじさんの話の長さはギネス級だ。
仕事では会社の役員をしていると言っていた。繊維か鉄かそういった類の会社。財閥系の子会社だと言っていた気がする。「へぇ〜すごいですね、私その辺のことあまり分からないので聞きたいです〜」と、息するように嘘の合いの手を入れてしまった。ミスったと気づいた頃には遅かった。仕事の話は15分ほど続いた。ほんのリップサービスをしたつもりだった。ディープキスのようなトークが返ってきた。ちょっと引いた。いや、かなり引いた。まぁ、これに関しては私も悪いんだけど。
彼はこの近くに住んでいると言っていた。この辺りは高級住宅街なので、きっと本当に会社の役員なのだろう。
「この周りには10億20億の家を何個も買えるような大金持ちがたくさんいるので、僕なんてちっぽけなものですよ」と言う。引き合いに10億の家を出すと言うことは、ざっと2〜3億の家に住んでいるのだろう。そうなると年収は…小汚い私は考えてしまう。
彼の話は(まだ)続いた。一度結婚歴があるということ。もう別れてからはかなり時間が経っているということ。奥さんはかなりの美人だったということ。昔は自分もかなりモテたということ。過去の栄光はかなりの時間をかけて話してくれたのだが、何一つ覚えていない。確か昔の女優とヤッたことがあるとかなんとか。高嶺すぎる花は意外と言い寄られていないので、強気で押すとイケるらしい。今は独身であるということも教えてくれた。どれもこれも私からは聞いていない。
校長先生の朝の挨拶より長い彼の自慢話に飽きて、何度かあくびをした。人の話を聞きながらあくびをするなんて、なんて失礼な女なのだ、と思われたかもしれない。でもいい。このおじさんから嫌われたところで、痛くも痒くも、なんなら何も感じない。どうせ私のことなんか見ていないのだ。
「若い子はもう眠くなる時間なのかな?おじさんはまだまだ飲めるんだけどね。それでね…」
永遠に終わらないおじさんの話を聞きながら、ずっと考えていた。
きっとこの人は若い頃から同じコミュニケーションの取り方をしているのだろう。周りから常に「かっこいい」と持て囃されて、どんな女の子からも好意を受け取ることができて、アプローチを仕掛けたら絶対に反応してくれて。これまでの人間関係、需要過多の釣り堀で入れ食い状態だったのだろう。会社ではある程度いいポジションにまで上り詰めて、他者から真っ向に批判されることもなく、全て自分の思い通り。
話の中でおじさんは「僕は若い子も射程圏内だよ」と言っていた。反射神経でビクッとしてしまった。セクハラモラハラでレッドカード、退場してくれ。気持ち悪くてありゃしない。誰かまともな大人よ、彼の自己認知の歪みを正してあげてくれと切に願った。
人は年齢が上がれば上がるほどに頑固になっていくと言う。これまで培った価値観や考え方はそう簡単には変わらない。しかし、それで本当にいいのだろうか?常にその価値観をアップデートしていかなければ、時代遅れの激ヤバ痛痛人材になってしまう。
おじさん、最初見た時はかっこよく見えたのに、帰る頃にはただの癖の強い生き遅れジジイにしか見えなかった。常に自己認知と他者からの評価を擦り合わせることを意識しないと、私たちもいつかああなってしまうのだろうか。
家に帰って、旦那に「私ってどう見えてる?」と聞いた。
「ん〜丸くてよく喋る生き物」
まだ認知はズレていない。
