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日曜の午後だけど…加害者の話…🌀

以前あらかた書いていたから、日曜の午後だけどやや物騒な投稿をしてしまう。
加害者は、どれだけ大変な状況にある被害者のことでも、お前らもいくらか人に加害した過去はあるんだろう‼️だからしょせん我々と同じなんだ‼️などと言って、やつら自身は今も現役でやましいことをしている身の上ながら開き直る。
誰もが加害者なんだ‼️
という幼稚な屁理屈をこねて、今も現役の加害者である自分の言動を肯定して、自身のやましさを内心に包み隠して生きている。
そうしないと、真に良心的な他者や、正義も存在している現実の世界から責められるような気が、いくらかでもするのかもしれない。
もともと日頃の自分の暮らしや、肝心な対人関係ほどうまくいっていなくて、自己肯定感が絶えず落ち込むから、内心が荒みやすいのだろう。

肝心な対人関係とは、人間にとっては各々自分の両親との関係のことだ。
両親に対してはじめから溜まっている感情の話や、不満や文句を言えない。
煩わしい命令や指示を無視したり、それに逆らったりすることすらできない。
自己主張することを許されず、今までもそうさせてもらえなかった。
自分の話をいつでも聞いてもらえるような、人間同士として尊敬し合える、対等で正常な対人関係がない。
その鬱憤を親とは無関係の他者に対してぶつけたり、意地悪な言動を使って八つ当たりすることで自身の心の問題をその場しのぎで解決しようとする。
親子関係の不具合ゆえに絶えず溜まるストレスを、人に向けて不当なやり方で解消しようとしてしまう。
加害者のことは今まで接してやつらの話を聞いてきた経験から、そんなところではないかと推測している。
中には自責がまったく起きない、罪悪感がない、良心がはじめから欠落している加害者がいるから、そういう者に遭遇した場合は逃げる。
やつらはどれだけ悪く、やましいことでも、好きなだけ平気でできてしまい、悪びれることすらない。
そして罪が公になり罰せられても、自分がしたことにより自分を責めて苦しむことはない。
自分の親がそんな人間で、はじめから被害を受けていたら…
言うまでもない。
希望を持って選べる選択肢は逃げるのみになる。
はじめから逃げの一手しか与えられていないのが現実だ。
やつらと共存することはできない。
家系的にはじめから依存症だったり、当たり前のように上下関係があったり、上昇志向ばかりやたら強かったりするようだと、そこからは逃げるしかない。
そうしないと家系や家庭内の熾烈な争いの中で、早々に社会的敗者の烙印を押されたりして、犠牲者と認定されて、それからは永続的に家系内で最下位の人間として、大勢の下敷きにされてしまう。
必然的に自身に不調などが起きて社会生活がうまくいかず、色々挫折しているなら、そうなることは通常避けられないだろう。
無事に生き延びたいなら尻尾を巻いて、あるいは尻尾を切られて痛み苦しんでも、血を流しながら逃げることだ。
そういうことは現実にある。
大袈裟でも作り話でもない。
ありのままの現実だ。
自身がそういう事態に遭遇していれば現実だと分かるし、はじめから分かってもいる。
加害者に対して被害者が訴えることは伝わらない。
加害者に何か言って、情けや憐れみを請うても、やつらは反応できない。
やつらはあらゆる会話を情報収集や交渉の手段だと認識している。
家族や親子の何気ない温かな日常会話など一切必要ないと感じている。
だから日頃からコミュニケーションが取れないし、はじめから取れなかったのだ。
被害者が自分にとって肝心な場面で、いざと話し合いをしようとしても、やつらは一方的に命じたり、無理矢理説得したり、それができないと判断すると、せいぜい交渉しようとして条件を出したりするだけだろう。
話が通じるなら、そもそも問題が起きても話し合いで解決できる。
しかし通じていないのなら…
話し合いの余地はない。
実力行使、つまり公における発言と自身の行動での解決になる。

加害者は社会的なことを背景にして、各々実力主義を標榜して生きている。
権威や社会的信用があるから幸せなのだとか、自分たちは何かとずるくて意地悪だから成功しているのだと真剣に言い、そう信じている。
しかしその信仰はもろい。
自力でできることなど誰しも限られている。
自分も他者も完璧ではない。
だからやがて死ぬ。
怪我もする。
思わぬミスもする。
完璧に見える他者は、実は不完全だ。
人が完璧を装うとすれば、人間の不完全さや自身の欠点への自覚ゆえだ。
誰もが自身の不完全さを自覚している。
もし完璧を演じてしまうとしたら、それは不完全さの現れだ。
人間は不完全だから人間らしい。
完璧を装うと滑稽に見える。
堅苦しくて、隙や甘さが見えない。
壊れることがない物みたいで愛せない。
人は傷つくから尊い。
物は壊れるから価値がある。
人が作る物は壊れる。
だからたまに修理が必要になる。
癒し手や修理屋の出番がない世の中はむなしい。
人は傷つく。
物は壊れる。
自明の理だ。
こんなこと投稿してるなんて、なんて日曜の午後なんだ。
やめさせてもらうわ。