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42歳薬剤師ダメおやじの筋トレ日記⑦

~食事の正解を探し続けた男~

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【はじめに|「何を食べれば、あの身体になれるんだ?」】

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「何を食べれば、あの身体になれるんだ?」

筋トレを始めてから、私は何度この疑問を持っただろう。

大会に出た。
優勝もした。
負けもした。

そして、もっと上を目指そうと思った。

全国大会で勝つ。

そのためには、今の身体では足りない。
もっと筋肉をつけなければならない。

コーチから言われたのは、

「増量と減量を繰り返して、少しずつ筋肉を増やしていくしかない。」

という話だった。

なるほど。

だったら食べればいい。

今振り返ると、私の思考は非常に単純だった。

筋肉を大きくしたい。
身体を大きくしなければならない。
だったら――

食べればいい。

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【一日4000kcal、食べ続けた3か月】

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そこから私は食べた。

とにかく食べた。

一日、約4000kcal。

腹が減っていなくても食べる。
苦しくても食べる。

「筋肉のため。」

そう思えば食べられた。

大会当日49kgだった体重は、約3か月で59kgになった。

10kg増。

数字だけ見れば順調である。

ところが、鏡の前に立った私は思った。

「……ただ太っただけじゃないか。」

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【太っても違う、痩せても違う】

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身長164cm、59kg。

世間一般から考えれば、決して太っている体重ではない。
むしろ普通だろう。

しかし、一度、大会のために体脂肪を削った身体を経験してしまうと話は違った。

腹筋が見えない。
顔も丸い。
身体全体の輪郭もぼんやりしている。

大会前、毎日のように鏡で眺めていた自分とはまるで別人だった。

許せなかった。

「早く戻さなければ。」

そして私は、また減量を始めた。

増量期間、わずか3か月。

食べたと思ったら、今度は削る。

数か月後。

53kg。

「よし。これなら戻っただろう。」

鏡の前に立つ。

しかし、そこにいたのは大会の自分ではなかった。

「……しょぼい。」

痩せている。
確かに痩せている。

でも筋肉の張りがない。
日焼けも落ちている。
大会前に感じていた、あの身体のキレもない。

そこにいたのは、
ただ痩せた中年男性だった。

太っても違う。
痩せても違う。

だったら一体、

何を食べればいいんだ?

ここから私の長い「食事の正解探し」が始まった。

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【筋肉といえば、タンパク質】

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最初にたどり着いた答えは、非常に分かりやすかった。

タンパク質である。

筋肉といえばタンパク質。

鶏肉。
卵。
魚。
プロテイン。

そして筋トレ界隈でよく耳にする、

「タンパク質は体重×2g。」

当時の私は素直だった。
いや、素直すぎた。

「なるほど。じゃあ摂ればいい。」

筋肉のためなら食べる。
体重×2g。
数字を決めて、せっせとタンパク質を摂った。

ところが、ここでも身体は私の計算通りには動いてくれなかった。

お腹の調子が悪い。

どうも私は、大量のタンパク質や脂質を摂ることが得意ではないらしい。

一方、炭水化物はスイスイ入る。

白米なら比較的いくらでも食べられる。
なのに、タンパク質や脂質を増やしていくと、どうも身体の調子が悪い。

それでも最初は数字を優先した。

「筋肉をつけるためには必要なんだから仕方ない。」

そう思っていた。

でも、ある時ふと思った。

「本当に俺にも、体重×2g必要なのか?」

ここでようやく、自分の身体と教科書の間にあるズレを意識し始めた。

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【YouTubeのあの人と、私は同じ人間ではない】

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YouTubeを開けば、情報はいくらでも出てくる。

筋肉をつける食事。
減量中の食事。
増量中の食事。
PFCバランス。
食事回数。
トレーニング前。
トレーニング後。
サプリメント。

「これを食べればいい。」
「これは食べるな。」

世の中には「正解」が溢れている。

しかも、それを説明している人たちの身体がすごい。

肩は丸い。
胸板は厚い。
腕は太い。
腹筋はバキバキ。

そんな人から、

「私はこれを食べています。」

と言われると、ものすごい説得力がある。

昔の私は思った。

「この人が言っているんだから間違いない。」

でも、何年もやってようやく気付いた。

そもそも、

その人と私は違う。

身長も違う。
体重も違う。
筋肉量も違う。
年齢も違う。
仕事も違う。
睡眠時間も違う。
運動量も違う。
消化能力も違う。

生活そのものが違う。

それなのに私は、

同じものを食べれば、同じような身体になれる。

どこかでそう思っていた。

もちろん、その人たちが間違っているという話ではない。
その人にとっては、それが正解なのだろう。

問題は、

他人の正解を、そのまま自分の正解にしていた私の方だった。

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【「絶対に食べないもの5選」への違和感】

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最近SNSを見ていると、こんな動画が流れてくる。

「私が絶対に食べないもの5選。」

コーラ。
ポテトチップス。
ジャンクフード。
スイーツ。
菓子パン。

そして画面には、バキバキに仕上がった身体。

説得力は抜群である。

でも今の私は、こう思ってしまう。

「いや、たまには食べてもいいんじゃない?」

もちろん毎日のように大量に食べていれば、理想の身体から遠ざかることはあるだろう。

でも、コーラを一本飲んだからといって、昨日まで育ててきた筋肉が突然消えるわけではない。
ポテトチップスを食べた瞬間に、腹筋が脂肪で覆われるわけでもない。

家族と出掛ければ、美味しいものを食べたい。
旅行へ行けば、その土地の料理を食べたい。
たまにはスイーツも食べたい。
酒だって飲みたい。

それも含めて人生じゃないか。

今はそう思う。

昔の私なら、バキバキの身体を見た瞬間、

「この人が食べないなら、俺も食べない。」

そう考えていただろう。

今は少し違う。

その人の正解と、自分の正解は違うかもしれない。

そう考えるようになった。

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【私の頭の中にある「風呂桶」】

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食事について考える時、私は一つのイメージを持っている。

大きな風呂桶を想像してほしい。

そこに透明な水を、満タンまで入れる。

そして、墨汁を数滴垂らす。

もちろん、墨汁を落としたところは黒くなる。

でも、それだけで風呂桶全体が真っ黒になるわけではない。

あくまでこれは、私が食事管理について考える時のイメージである。

普段ある程度、食事に気を付けている。

米を食べる。
肉や魚を食べる。
卵を食べる。
豆類を食べる。
味噌汁を飲む。

そういう日常の中で、

ある日ケーキを食べた。
ある日ポテトチップスを食べた。
旅行で少し食べ過ぎた。

だからといって、それまで積み重ねてきたものが一瞬で全部なくなるとは考えていない。

大切なのは、

その数滴ではなく、普段その風呂桶を何で満たしているのか。

一食だけを切り取って、
「良い食事。」
「悪い食事。」
と考えるよりも、

何か月、何年という時間の中で、自分が何を食べ続けているのか。

私は、そちらを見るようになった。

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【100点の食生活が、必ずしも健康とは限らない】

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ダイエットやボディメイクを始めたばかりの人ほど、ものすごく真面目になることがある。

お菓子は禁止。
揚げ物は禁止。
外食禁止。
ジュース禁止。
夜は炭水化物禁止。
決めたカロリーを超えたら失敗。

本当に一生懸命である。

その姿勢自体は素晴らしいと思う。

ただ、私はあまり極端な制限をしたいとは思わない。

食事のことが一日中頭から離れない。
家族との外食でもカロリーを考える。
旅行へ行ってもPFC。
少し食べ過ぎれば罪悪感。

健康的な身体になりたくて始めたはずなのに、
食べることそのものに生活を支配されていく。

それでは本末転倒だと思う。

少なくとも、私が求めている健康とは違う。

だから今は、

少しくらいズボラでいい。

と思っている。

毎日100点じゃなくていい。
80点くらいを続ければいい。
たまには50点の日だってある。
また次の日から普通に戻ればいい。

筋肉が一日で作られないのであれば、
一日の食事ですべてが決まるとも考えない。

私にとって大切なのは、

完璧であることより、続けられることだった。

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【ただし、大会は別世界である】

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ここまで健康的なことを書いておいて何だが、

大会だけは話が違う。

あれは少々、

狂気じみている(笑)。

大会が近づく。
体脂肪を削る。
食事量も減っていく。

身体はエネルギーを求める。

「食べろ。」

と身体は言っている。

疲れている。
空腹。
眠い。

それでも、

「まだ絞る。」

と食事を管理する。

身体は生きるためにエネルギーを確保しようとしているのに、自分はステージに立つためにさらに身体を削ろうとする。

生存本能が向かおうとする方向とは逆へ、自分の意思で進んでいく。

日焼けをする。
ポージングをする。
食事を管理する。
水分まで調整する。

普通の生活から、少しずつ離れていく。

大会直前になると、

「健康のために筋トレをしています。」

とは、とても言えない状態になっていた(笑)。

でも、その世界を経験したからこそ分かったこともある。

大会の身体と、健康的な日常の身体は別物である。

大会には大会の食事がある。
減量には減量の食事がある。
増量には増量の食事がある。
そして家族と普通に生活する日には、

普通の食事がある。

目的が違えば、食事も変わる。
当たり前のことだった。

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【散々迷走して、家庭科の教科書へ戻ってきた】

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いろいろ試した。

4000kcal食べた。
1500kcal程度まで落とした。
タンパク質を増やした。
脂質を削った。
糖質を減らした。
PFCを考えた。
YouTubeも見た。
SNSも見た。

そして42歳になった現在。

私が普段食べているものは、

白米。
鶏肉。
卵。
豆腐。
納豆。
カボチャ。
わかめ。
味噌汁。
そして時々、和菓子。

……

普通である。

ものすごく普通である。

散々、最新の情報を追いかけた末に、

私は家庭科の教科書に載っていそうな食卓へ戻ってきた。

白米。
焼き魚。
味噌汁。
卵焼き。

昔の日本の食卓に並んでいそうなものだ。

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【昔の日本人と、今の私の食卓】

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ふと昔の日本人の食事を眺めてみたことがある。

縄文。
平安。
江戸。
昭和。

当然、時代も地域も身分も違うので、単純に同じ食文化として語ることはできない。

それでも大きく眺めてみると面白い。

穀物がある。
魚介や大豆などがある。
汁物がある。
塩分がある。

時代によって姿を変えながら、人はそうしたものを食べて生活してきた。

そして今、自分の食卓を見る。

米。
味噌汁。
納豆。
豆腐。
卵。
肉や魚。

「なんだ。ずいぶん普通のところへ戻ってきたな。」

と思う。

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【現代は、美味しいものが多すぎる】

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むしろ難しいのは、現代なのかもしれない。

少し歩けば食べ物がある。
コンビニへ行けば、さらにある。
しかも安い。

そして、

めちゃくちゃ美味しい。

テレビをつければ、一流の料理人がコンビニの商品を食べて、

「合格!」

と札を上げている。

数百円で、一流の料理人が認めるような食べ物が買える。
しかも、ほぼ24時間。

罪である(笑)。

人間の身体が急激に変わったわけではない。

でも、食を取り巻く環境は劇的に変わった。

食べ物がないのではない。

選択肢が多すぎる。

だから現代の食事で難しいのは、

「何を食べればいいのか。」

という知識だけではなく、

無数にある選択肢の中から、自分に合ったものを選び続けること

なのかもしれない。

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【薬剤師の私にも、正解は分からない】

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ここまで食事について好き勝手に書いてきたが、一応、本業についても触れておきたい。

私は薬剤師である。

仕事柄、薬だけではなく、人間の身体、生理、代謝などについて学んできた。

それでも私は、

「これが筋肉を作るための、絶対に正しい食事です。」

とは、とても言えない。

むしろ、自分の身体で増量と減量を繰り返し、大会まで経験したからこそ、以前より簡単には言えなくなった。

教科書には教科書の答えがある。
研究から得られた知見もある。

そして栄養を専門に学び、それを仕事にしている方々には、私よりはるかに深い専門知識がある。

だから今回私が書いていることについて、

「栄養学的には違う。」
「その考え方には賛成できない。」

という意見も当然あると思う。

それを否定するつもりはない。
専門的に見れば、修正すべき部分だってあるだろう。

今回書いているのは、

薬剤師として身体について一定の知識を持ちながら、
一人の競技者として自分の身体で試行錯誤してきた42歳の、現時点での見解

である。

それ以上でも、それ以下でもない。

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【知識が増えるほど、言い切れなくなった】

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そして面白いことに、

知識が増えれば増えるほど、
経験を重ねれば重ねるほど、

私は、

「これが正解だ。」

と、言い切れなくなった。

体重×2gのタンパク質が合う人もいる。
もっと必要な人もいるかもしれない。
米をたくさん食べられる人もいる。
脂質を増やした方が調子のいい人もいるだろう。

同じ人間でも、減量中と増量中では違う。
20代と40代でも違うかもしれない。
仕事が変われば、活動量も変わる。
生活が変われば、食事も変わる。

だから今の私は、

「食事に正解はない。」

というより、

「全員に共通する、たった一つの正解を、私はまだ見つけていない。」

くらいに考えている。

もしかすると、

そんなものは最初から存在しないのかもしれない。

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【筋肉は、日常の中で作られる】

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何年も食事について考えてきた。

それでも正解は、いまだに分からない。

正確には、

正解までの時間を、私はまだ費やしていない。

という方が近い。

これから50歳になれば、また考え方が変わるかもしれない。

食べられる量も変わる。
生活も変わる。
身体も変わる。

その時は、その時の答えを探せばいい。

昔の私は、

「世の中のどこかにある正解」

を探していた。

今は違う。

探しているのは、

「今の自分に合う答え」

である。

トレーニングは大事。
睡眠も大事。
食事も大事。

でも365日、食事だけ完璧にしたからといって、それだけで理想の身体になるとは思っていない。

ジムへ行く。
トレーニングする。
家へ帰る。
冷蔵庫を開ける。
米を炊く。
肉や魚を焼く。
卵を割る。
味噌汁を作る。
食べる。
風呂に入る。
寝る。

そして翌日。
また生活する。

ものすごく地味である。

SNS映えもしない。

でも世界中の筋肉を愛する人たちは、今日もきっとどこかで同じようなことを繰り返している。

ジムで筋肉を追い込み、
家へ帰ればキッチンに立つ。

そして、また翌日。
少しだけ昨日より良くなろうとする。

結局、筋肉はキッチンだけで作られるものでもなかった。

トレーニングだけでもない。
食事だけでもない。
睡眠だけでもない。

全部がつながっている。

そして、たまには家族と美味しいものを食べる。
ポテトチップスだって食べる(笑)。

それも含めて生活なのだ。

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【42歳の私が、今のところたどり着いた答え】

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だから今の私なら、こう言う。

筋肉は、日常の中で作られる。

完璧じゃなくていい。
誰かの正解じゃなくていい。

4000kcalを食べ、
太った自分に焦り、
今度は痩せて「しょぼい」と落ち込み、
タンパク質を詰め込み、
画面の向こうのマッチョを信じ、
PFCを追いかけ、
散々遠回りした。

そして最後に戻ってきたのは、

白米と味噌汁が並ぶ、ごく普通の食卓だった。

これが42歳の私が、今のところたどり着いている答えである。

ただし――

これが正解なのかは、まだ分からない。

たぶん私はこれからも、

食べて、
鍛えて、
失敗して、
また考える。

その繰り返しなのだろう。

でも今は、それでいいと思っている。

正解がまだ分からないからこそ、筋トレ(人生)は面白い。


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