谷垣健治と川井憲次——日本人が支える「香港映画復活」の構図
『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』のクレジットを注意して見ると、香港映画でありながら、二人の日本人クリエイターの名前が並んでいる。アクション監督の谷垣健治、音楽の川井憲次。本作が「香港アクション映画の復活」と評されるとき、その復活を技術的に支えたのが日本人だったという事実は、もっと語られていい。本作はある意味、日本の映像文化が香港に渡って結実した作品でもある。
谷垣健治というアクション監督
谷垣健治は、日本のアクション映画界で長く活動してきた振付・アクション監督だ。坂本浩一らと並ぶ、現代日本のアクション映像表現の最重要人物の一人である。
彼のキャリアの特徴は、香港との深い関わりにある。1990年代から香港映画界に出入りし、ドニー・イェンらと共同作業を重ねてきた。『SPL/狼よ静かに死ね』『イップ・マン』シリーズ、『るろうに剣心』シリーズ。日本と香港の双方で、彼は実写アクションの第一線にいた。
大友啓史監督の『るろうに剣心』で主演・佐藤健の動きを設計した仕事を通じて、彼は「日本の俳優の身体を生かす」振付の技術を確立した。剣戟、格闘、ワイヤーアクション。どれもがCGに頼らず、俳優の生身の動きを最大限に引き出す。
本作で彼が任されたのは、九龍城砦という閉鎖空間でのアクション設計である。狭い路地、垂直の構造、複雑な動線——これらを生かしつつ、現代の観客に訴える迫力を引き出す。香港映画と日本映画の両方の経験を持つ彼でなければ、この仕事は成立しなかった。
「生身の打撃感」という美学
谷垣の振付の特徴は、「生身の打撃感」にある。CGで合成された衝撃ではなく、俳優の身体が物理的にぶつかり合う感触を、画面に刻む。
本作の格闘シーンを観ると、この特徴が明確に出ている。拳が顔に当たる音、肉体が壁にぶつかる音、骨が砕けるような効果音。これらすべてが、CGの戦闘では出せない物質性を持つ。
観客は画面を観ながら、自分の身体が痛みを感じる感覚を覚える。これは振付・撮影・効果音・編集のすべてが連動しなければ生まれない感覚だ。谷垣の指揮の下ですべての要素が「生身の打撃感」を目指して統合された。
これは、近年のハリウッドの大作とは正反対の美学である。マーベル映画やDC映画の戦闘シーンは、CGの合成で派手に演出されるが、生身の打撃感は薄い。本作はその対極に位置することで、独自の身体性を獲得した。
川井憲次という作曲家
川井憲次は、日本のアニメーション映画と実写映画で長く活躍してきた作曲家だ。『機動警察パトレイバー』『攻殻機動隊』『アヴァロン』『リング』——彼の音楽は、日本の映像文化の特定の質感を作ってきた。
彼の音楽の特徴は、東洋的な打楽器と現代的な電子音の融合にある。和太鼓や銅鑼や笛と、シンセサイザーやエレキギターやストリングスが、不思議なバランスで重なる。これは日本のアニメーションが世界の音楽体験に与えた、独特の質感である。
押井守作品との長年のコラボレーションで、彼の音楽は「東洋的な精神性と未来的なテクノロジーの融合」というイメージを獲得した。『攻殻機動隊』の主題歌で流れる和太鼓と女声合唱は世界中の映画ファンの記憶に焼き付いている。
本作で川井が担当したのは、80年代香港アクションへのオマージュという、複雑な要請を含む音楽だった。香港の伝統的な音楽の質感と、現代的な映画音楽のスケールを、両立させる必要があった。
80年代香港映画オマージュの音楽
川井の本作のスコアを聴くと、80年代香港映画への目配せが随所に感じられる。
打楽器のリズムは、香港のカンフー映画の伝統的なサウンドトラックを思わせる。同時に現代的なオーケストレーションとシンセサイザーの音色が、本作を80年代の懐古ではなく21世紀の作品として定位する。
特に武術アクションのシーンで使われるリズミカルな打楽器は、川井ならではの選択だった。日本のアニメーション音楽で培った「動きと音の同期」の技術が、香港のアクション映画の伝統と接続する。
川井がいなければ、本作の音楽は別の質感になっていただろう。香港の作曲家が担当していたら、もっと伝統に忠実な、または現代的な、別の方向の音楽になっていた。川井という外部の視点が、本作に独自の音楽的アイデンティティを与えた。
なぜ日本人が選ばれたのか
本作の作り手が、なぜ日本人を重要なポジションに起用したのか。これにはいくつかの理由がある。
第一に、技術の蓄積。日本の映像産業は、長年にわたって特定の技術を蓄積してきた。アクション振付、アニメーション音楽、特殊効果——これらの分野で、日本は世界的に競争力を持つ。
第二に、香港映画産業の縮小。1997年返還以降、香港の映画産業は徐々に縮小している。優秀な技術者が世界に散らばり、香港内で「すべてを揃える」のが難しくなった。本作のような大作を作るには、外部の才能を呼び込む必要がある。
第三に、文化的な近さ。日本の映像文化は、香港の映像文化と長年にわたって相互影響を交わしてきた。スタッフ間のコミュニケーション、美意識の共有、仕事の作法——これらが摩擦なく成立する関係。
これらの要因が重なって、本作のような国際的なコラボレーションが成立した。
日本のアクション映画への影響
本作の成功は、日本のアクション映画にも影響を与えるだろう。
近年、日本のアクション映画は『るろうに剣心』『キングダム』など、いくつかの成功例を出してきた。だが、本作のスケールと完成度に追いつく作品はまだ少ない。本作で谷垣が見せた技術は、日本のアクション映画作家が学ぶべき多くを含んでいる。
同時に、本作は日本の若いアクション監督・振付家にとっての励みでもある。日本の技術が、香港という伝統的なアクション映画の中心地で、最高水準の作品を作る原動力になった。これは日本のアクション映像表現が、世界レベルで通用することの証明である。
国際共同制作の新しい形
本作は、伝統的な意味での「国際共同制作」とは違う。資金的にはほぼ香港の作品である。だが技術的なクレジットを見ると、日本人が重要なポジションを占めている。
これは21世紀の映画産業の新しい形である。資金は一国に、技術は複数国に、配給は世界に——映画の構成要素が国境を超えて再編される。本作はその構造の中で、特定の組み合わせが奇跡的に機能した例である。
日本のアニメーション・実写映画の歴史と、香港のカンフー・ノワール映画の歴史。両者の伝統が、谷垣と川井という二人の存在を通じて、本作の中で出会った。彼らがいなければ、本作はこの形では生まれなかった。
香港映画復活の本当の姿
「香港アクション映画の復活」と評される本作だが、その復活の中身は、香港単独の力ではなく、国境を超えた協働の結果である。これは香港映画の弱さを示しているのではない。むしろ、香港映画が国境を超えて協力できるオープンさを示している。
日本の谷垣と川井が、香港の作り手と仕事をする。そこで生まれた作品が、世界中で観られる。これは21世紀の映画文化の理想的な形の一つではないか。
本作のクレジットを観るたびに、私たちは映画が国境を超えて作られていることを思い出すことができる。谷垣健治の名前と川井憲次の名前を、しっかり記憶しておきたい。彼らがいたから、本作は本作になった。
関連書籍
『アクション映画バカ一代』 — 谷垣健治自身が、香港映画から日本映画までの現場を語ったアクション人生の記録。
『[図説]映画音楽の教科書 名作からシーンごとの音の役割を読み解く』 — 映画における音楽の役割を、名作のシーン分析から読み解く一冊。
『アジア映画で〈世界〉を見る――越境する映画、グローバルな文化』 — 国境を越えて作られるアジア映画の現在を論じる評論集。
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