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夏原悟朗の日々 / 第101話 『オール・ザ・シングス・ユー・アー』 でいこう (2)

Meditations (Prestige)                          ELMO HOPE

Meditations

第101話 『オール・ザ・シングス・ユー・アー』 でいこう (2)

「これはもしかしたら難しいかもしれないよ」
 カウンターに戻ってきた夏原は挑戦するかのような顔をした。リズミカルにテーマを奏でるピアノが流れた。真剣に聴き込んでいるジャズ好きたちの様子を見るのは愉快だった。こんな場で愉しんでもらうのは初めてだったが夏原にとって望外の喜びだった。
 曲が終わっても手を上げる人はいなかった。夏原は心の中でエルモ・ホープじゃないかと叫んだ。
「誰もいないの」
「マスター、ヒントちょうだいよ」
 ヒゲ村が皆に代わって言った。
「そうだな。才能がありながらなかなか認められずバド・パウエルと対極的な評価しか受けられなかったピアニストといえばいいかな。ゆっくり瞑想して考えてよ」
「わかった。エルモ・ホープでしょ」
 マジ村が答えた。
「瞑想というキーワードでなんとなくわかったけど、演奏自体でわからなかったから合格点はもらえないですね」
 マジ村というあだ名のとおり真面目な性分がでた発言だった。
「マジ村君らしいわね」
 スミちゃんが言うと、皆が笑った。能天気おばさんの潮も笑っている。その顔は演歌ならと言っているようだ。次のレコードをセットしていた夏原が戻ってきた。
「『メディテイションズ』だからね。当たったことには違いないからそれでいいんだよ。じゃ、次いくよ」 

阿佐ヶ谷

 軽快なピアノのイントロに続き歯切れの良い荒くれた野太いテナーがうなった。黙って頷いているのは正木だ。終わるとヒゲ村と正木がほぼ同時に手を上げたが夏原は正木を指名した。
「ブッカー・アービンだね。『ザ・ソング・ブック』の」
「そう、ブッカー・アービンで正解」
 ヒゲ村が悔しそうな顔をした。正木がその昔、ジャズ喫茶通いをしていた頃にある店の店主がよくかけていたレコードだ。夏原はその話を聞いたことがあったのを今の今、思い出した。
「さあ、どんどんいくよ」
 リズミカルなアルトがテーマを奏でる。そしてピアノが引き継ぎ流れを加速する。
「リー・コニッツじゃない」
 終わるや否や、ビケ村が手を上げて言った。
「また、とちったよヒゲ村。他には」
 夏原は苦笑しながら目を配ったが誰もいなかった。
「じゃ、ヒントをちょうだいよ。マスター」
「目を閉じてじっくり考えてよ」
「あっ、トリスターノ。レニー・トリスターノ。目を閉じるということは盲目につながるイメージからなんだけど」
 またしてもマジ村だった。夏原はマジ村の連想力に驚いた。
「『鬼才トリスターノ』のレニー・トリスターノだよ。アルトを吹いていたのはリー・コニッツで間違いないけどね。コニッツはトリスターノの愛弟子なんだ」
「マジ村の独壇場だね。この展開は」
 ヒゲ村が言うと、マジ村は複雑な顔をした。
「さあ、今度は誰が当てるかな」
 夏原は思わせぶりな言葉を発した。
 露払いを受け持つピアノがイントロを奏で、続いて若い息吹があふれでるアルトがテーマを歌い上げる。それほど良い音質ではないにもかかわらず、とても心地よく響く『オール・ザ・シングス・ユー・アー』だ。
 意外な人物が手を上げた。能天気おばさんの潮だった。
「あの、アート・ペッパーさん」
「正解」
 皆が驚いて潮を見た。参加しているだけと思っていた人が当てたのだ。
「半分当てずっぽね。実はね、友達はほとんど演歌だけど一人ジャズ通がいてね、これに参加する話をしたらジャズの特訓をしてあげようという話になったのよ。その人の家でジャズのレコードをいろいろ聴かせてもらったってわけ。特にアート・ペッパーさんとビル・エヴァンスさんが出るかもしれないのでよく聴いて憶えておいたほうがいいって。当たったけど、まあ、まぐれね」
 皆が笑顔でいっせいに拍手をした。
「ザナドゥ盤の『ジ・アーリー・ショー』のアート・ペッパーに違いないよ。特訓の成果があったってわけですね」
 夏原は皆んなにジャケットを見せながら言った。それで年甲斐もなく潮はうっすらと顔を赤らめた。
「ヒゲ村も形無しだね。意外なダーク・ホースが現れたね。潮さんに負けないでよ。じゃ、次」

横須賀

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