真夜中のタクシー、窓を叩いたのは誰?〜乗務員が体験した、心霊現象ではない不可解な出来事〜
プロローグ
「運転手さん、なんかあった?」
最終目的地であるお客様のご自宅に到着し、料金を精算しようとしたその時、お客様が私にそう声をかけてきた。その言葉に、私は背筋が凍るような感覚を覚えた。
「いや、実は待っている間に変なことがありまして…」
私は、お客様が車を降りて数分後に起きた、奇妙な出来事を話した。誰もいないはずの後部座席から聞こえた、ノックの音。そして、振り返るとそこには誰もいなかったこと。
私の話を聞いたお客様は、どこか悟ったような表情でこう言った。
「運転手さん、色々気をつけて帰ってね」
その言葉は、私に忘れられない恐怖と、ある種の覚悟を植え付けた。
奇妙な乗客との出会い
私はタクシー乗務員として、約5年になる。この仕事のほとんどは無線配車で、日々、さまざまな場所へとお客様を送り届けている。仕事柄、変わったお客様や、思いもよらない出来事に遭遇することは少なくないが、先日お乗せしたお客様との一件は、今も鮮明に記憶に残っている。
「自宅までお願いします。あ、その前に一箇所だけ立ち寄ってほしい場所がありまして…」
お客様はそう言うと、私に入力されていた自宅住所ではなく、立ち寄り先の住所を入力して経路を確認し、そこへ向かうよう促した。
誰もいない後部座席からのノック
立ち寄り先は、某駅の商店街の入り口。普段は買い物客で賑わう商店街だが、深夜2時にもなると人気のない閑散とした通りになる。お客様は「ここで15分ほど待っていてください」と言うと、「かしこまりました」と答える私に背を向け、静かに車を降りていった。
私は車内に一人になり、最終目的地のお客様のご住所をナビに入力して経路を確認していると、突然「コンコン!」と、タクシーのドアを叩く音が聞こえた。
「?」
私は最初、お客様が何か忘れ物をしたのかと思った。ドアを叩く音はとてもせっかちで、まるで早く開けてほしいと催促しているかのようだった。
「はい、どうぞ」
私は後部座席のドアを開けた。しかし、そこには誰もいなかった。
「あれ?」
私は首をかしげた。まさか、誰かがいたずらをしたのだろうか。でも、こんな時間に、こんな場所で、なぜ?
私は車から降りて、周囲を確認した。しかし、辺りには誰もいない。商店街の通りは静寂に包まれている。
私は妙な胸騒ぎを感じながら、再びタクシーに戻った。そして、その時、あることに気がついた。
ドアを叩く音は、お客様が降りていった左側のドアからではなく、運転席側の、誰もいない後部座席のドアから聞こえてきたのだ。
私は、鳥肌が立つほどの恐怖を感じた。
帰ってきたお客様
15分ほど経っただろうか。お客様がタクシーに戻ってきた。私は平静を装いながらも、心臓がバクバクと音を立てていた。
お客様を最終目的地であるご自宅までお送りし、料金を精算する際、お客様は私をじっと見つめ、何かを察したように尋ねてきた。
「運転手さん、なんかあった?」
私は、なぜお客様が私にそんなことを尋ねたのか、わからなかった。しかし、私は正直に、先ほどの出来事を話した。
「実は、お客様が降りてから、運転席側のドアを誰かが叩いたんです。でも、誰もいなくて…」
私の話を聞いたお客様は、少し顔を曇らせた。そして、静かに言った。
「運転手さん、色々気をつけて帰ってね」
お客様の言葉は、まるで何かを知っているかのように響いた。私は、この商店街に何かがあるのだろうか、そして、お客様は何かと関係があるのだろうか、と考えずにはいられなかった。
エピローグ
その日の仕事を終えた私は、家に帰ってもあの夜の出来事が頭から離れなかった。乗客は幽霊ではなかった。それは確かなことだ。しかし、あのノックの音は、一体何だったのか。そして、お客様は、なぜあのような言葉を私に投げかけたのか。
私は、この不思議な体験を誰かに話すこともできず、ただ胸の中にしまい込んだ。今でもあの近辺を通るたびに、緊張する。そして、夜中の乗務を昼間に変更したのはこの夜の出来事からである。
タクシードライバーという仕事は、様々な人生を乗せて走る仕事だ。しかし、時には、不思議な出来事や、説明のつかない体験に出会うこともあるのかもしれない。
あの夜の出来事は、私にとって、忘れられない奇妙な体験となった。そして、私は、これからも、この街を走り続ける。様々な人生を乗せながら、そして、時に、不思議な出来事に出会いながら。
