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旧暦8月15日 中秋の名月

「中秋(ちゅうしゅう)の名月」とは旧暦の8月15日。2025年は10月6日です。中秋の名月をめでる習慣は平安時代に中国から伝わり、貴族たちが風流な宴として楽しんでいたものが、のちに庶民まで広がっていったそうです。

そう言えば、平安時代の貴族藤原道長が3人目の娘を天皇の后(きさき)にしたとき、中秋の宴で

この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の
欠けたることも なしと思へば

という歌を詠んだのは有名な話ですね。「この世で自分の思うようにならないものはない。満月に欠けるもののないように、すべてが満足にそろっている」 一般には、この時点で3人の娘を次々に天皇や皇太子の后とした道長が、得意満面に詠んだ歌とされています。

しかし、異説もあるようです。上の句の「この世」を「この夜」、「わが世」を「わが生涯」などとすれば、「この世をば わが世とぞ思う」は世界を支配したと豪語しているのではなく、「今宵はこれまでで最高だなあ」と、単に満足感を表しているに過ぎないと言います。

下句についても、「月」を「后(きさき)」の隠喩とすれば、「望月」は后がすべて道長の娘になったことを意味します。しかし、「月」と「杯(さかずき)」を掛けているとすれば、「望月」は「(道長の政権を支える公卿らが)ひとりも欠けることなく交わし合った杯」になると言います。

つまり、望月の歌は 自分の娘が后の地位を独占したという成就感とともに、公卿たちの協力のもと息子頼通の政権の安定を願う思いも託したものだと。そして、そのように解釈した方が、そのあと藤原実資が返歌を辞退して一同に唱和させたのも合点がいくと言うのです。

もしそうなら、こんな複雑な歌を詠む道長や、それを即座に理解し立ち回る実資らの日頃の修練や頭のよさに感服します。しかし、月とは満ちたあとは欠けていくもの。「望月の歌」は道長の絶頂を示した歌でもありました。
望月の歌の異説について、詳しく知りたい方は次の記事をご覧ください。

ところで、望月とは満月のことですが、中秋の名月は必ずしも満月とは限らないことをご存じですか。2025年も10月6日が中秋の名月、翌7日が満月と日付が1日ずれているそうです。ちなみに、中秋の名月と満月が同じ日付になるのは2030年まで待たなければならないとか。

明治以降、太陽の動きをもとにした現在の暦が使われるようになりましたが、それまでは月の満ち欠けをもとにした暦でした。昔の人は日々月をながめながら、ときの移ろいを確認していたんですね。時計に追われるように行動している現代人に比べ、心の豊かさを感じます。


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