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bitter's 教師は泣く【連作1】新任教師の予想をはるかに超えた現実との出会い



江藤は新任教師として,政令市周辺の宅地開発とともにできた1学年3クラスの中学校に赴任した。これからの生徒数増加を見込んで作られたており東向きの空き教室棟の窓ガラスが朝日に反射している。昇降口の天井がドーム状の半透明ガラスでできており建築雑誌の表紙に採用された斬新な校舎だった。江藤は教師生活のスタートに『光』に迎えられた感覚に、こんな学校で働けるのかと思うと、昨夜布団の中で、果たして自分は教師たり得るのかという不安が吹き飛んだ。


この県には各市町村に教育界だけの不文律によって中心校と権威づけられた学校がある。この中学校もその一つであった。


数時間前,県庁講堂で辞令交付式が終わると指導主事という役職の県の教育行政幹部から呼び止められ,「江藤先生は初任から中心校に行けることにプライドをもってください。私も一緒に働けるかも知れないよ」と声をかけられた。公立中学校にそのような区別がある感覚が全くわからず「あっ,はい」と愛想笑いを返すのが精一杯だった。


赴任の挨拶に校長室を訪ねると,校長が電話に向かって何度も頭を下げていた。相手が怒鳴っているのか「校長か、俺は鈴木の父親だ。てめぇの学校のセンコーにぶったたかれたんだ。その上保護されっちまった。さっさと謝罪にこい!…」
と聞こえた。


受話器を置いて振り向いた校長の第一声は「あっ君が江藤先生か頼むよ」と力のないものだった。


校長は、挨拶は抜きとさっそく生徒指導記録簿を前に3年生をお願いすることになるからと付箋のついたページをめくりながら生徒について話し始めた。


この生徒は180センチ90キロの体格で気に入らないことがあるとバットを振り回すなど手がつけられなくなります。滅多に来ないが登校した日には警察の生活安全課に報告しいつでも臨場してもらえるよう連携しています。

この生徒は暴走族に入っていて元日にバイク数台で団地と校庭を疾走し補導され、以後不登校中です。

この生徒は職員室に野球部の後輩3人を連れて乱入しスパイクで机の上を歩き採点後のテスト用紙をスバイクで裂き,止めに入った教務主任を蹴り倒した生徒。この生徒も児相に一時保護中です。今の電話聞こえたよね。親父からなんだ。

この生徒は、、、、、と,江藤は途中からぼんやりし,続く数人の生徒の説明は耳に入ってこなくなった。



「私は定年前だが体調不良で明日退職します。明後日新しい校長がきますから。県教委の指導主事の沢井という授業のたいへん上手な方だ。どうか力になってやってください。」と言うと,整理してあった段ボール箱を持ってあの美しい玄関からそそくさと出て行った。教頭だけが見送っていた。


前年度のこの学年を中心とした荒れを機に,精神疾患になった教師が2名,転勤希望をだして去って行く教師が10名と半分近くの教師が入れ替わり職員室には見送る余裕さえなかった。


全国各地の中学校で対教師暴力が起きており,生徒の暴力によって重傷を負う教師が後を絶たなかった。連日報道され社会問題となっていた。江藤は政令市に隣接するこの町の学校にもその波が来ていることがわかった。


新しい校長は辞令交付式で声をかけてきた沢井指導主事だった。この県の教育界ではエリート教師が指導主事として各学校の指導職務を担った後,校長として各中心校に配置されるムラ社会的な権威付けシステムが確立していた。同じ校長でも中心校の校長はそのことを自己のプライドと感じていた。


4月2日,新年度の職員会議が開かれた。校長は経営方針を話す。公立学校において職員会議は討議の場ではなく「校長の権限によって開催され校長の職務遂行の補助機関」と位置づけられている。つまり校長の指示をしっかり受け取る時間となっている。


沢井校長は指導主事歴が長いが校長は初めてだ。


何を目指しているのか職員へ届ける言葉でリーダーシップや経営観が試されることを肝に銘じていた。
「全国の校内暴力が社会問題となり本校もその危機にあります。私は指導主事として県内の学校で行われている授業を見て生徒がわからない稚拙な授業の多さを残念に思ってきました。わからなければ不満が募る。その不満を暴力として出していると考えます。よって本年度は生徒がわかる喜びを味わう授業作りに集中します。わかる授業によって校内暴力ゼロを目指します。」と渾身の力を込めて話した。


江藤は,聞いていた教師達が一斉に深い沈黙に陥ったことを察知した。すれ違っている関係をどう修復するか緊張している時の沈黙と似ていた。


教頭が「校長先生にお聞きしたいことはありませんね。」と確認した。


すると,この学校の荒れを直そうと各校から集められたうちの1人,体育科教師の菅原が「校長のお考えは正論としてはわかります。しかし,私が認識している生徒の暴力は授業さえ妨げるものです。授業を成立させることができないうちはわかる授業づくりは不可能かと思います。失礼ですが甘い方針と考えます。」


職員室がざわめいた。校長に真っ向から「甘い」と言い切った菅原の態度は職員会議の性質上滅多にないものだ。


「校長の指示ですよ。」と教頭がたしなめるように言った。


しかし他校で校内暴力を経験してきたり,非行生徒担当のベテラン教師など転任教師達が次々に発言し始めた。そのほとんどが,菅原の「甘い」という意見を支持するように,これまでの生徒の荒れと今起きている暴力は種類が違うもので校長の方針では心許ないというものであった。


江藤は教員生活の第1日目に,大学の教育原理の講義で繰り返し語られた「教育とは未来を生きる子ども達を「教えること」「育てること」」との耳障りのよいロマン主義的な教育観と,校内暴力に立ち向かっている学校現場の現実の間にできたクレバスの狭間に落ちていく感覚に襲われた。学校ってこんな場所だったっけ。実習した大学の付属中では、担当の社会科のことだけ考えていた。教師の当たり前と予想した仕事そのものだった。

今の職場会議では授業は学力のためではなく、荒れを抑止するものと校長は話した。


学校は、学校の授業は何のためにするのか。江藤の中での学校の当たり前が当たり前でなくなった。明日からの教師生活が全く想像できなくなった。(つづく)

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