何の足しにもならないことを書きたい日
くだらない記事が書きたい!
ワタシは常日頃うんうんと頭を悩ませて、生きる意味だのワタシが"ワタシ"であるためにだの色々なことを考えているが、その反動がきて時折とんでもなくくだらないことを書きたくなる。
凝り固まったワタシの脳をデトックスさせるのだ。
今まではこの衝動を解消するためにペラペラエッセイに頼ってきたが、もはやそんなレベルですらないものをここに吐き出したい。
それをエッセイと呼んだらエッセイストから総攻撃を食らうようなもの。
鼻をほじって鼻くそが出てきたと思ったらワタシの記事だったというようなもの。
車が路肩の水たまりを跳ね飛ばして泥水がズボンにかかり、「うわっ!きたねっ!」と思ったらワタシの記事だったというようなもの。
茶碗に残った最後の米粒を上手いこと取りたいのに何で?と思うほどの接着力でこびりついていて、箸で一所懸命がりがりしていたら何かもうどんどん引き延ばされて茶碗と一体化してしまい「もう米粒引き延ばされて消えちゃったよ」と思ってよく見たら引き延ばされていたのは米粒ではなくワタシの記事だったというようなもの。
くだらないものをワタシの記事として比喩する大喜利のためにまた頭を捻り始めてしまっていることに気づく。あぶねぇ!
くだらないことを書いていたらもう500文字を超えていて、文章なんてどれだけでも書けるもんだと感心する。
小学校の時分、夏休みの宿題として出された読書感想文をテキトーに書きたすぎて「ドリトル先生のなんちゃら」という本のあとがきだけ読んで勝手に内容を頭の中で捏造し、その感想文を書くという離れ業をやったことがある。
貴重な夏休みに腰を据えて1冊なんて読んでられっかよ!という怠惰の極み。
しかし何をどう間違えたのかその感想文がかなりいいところまで入選してしまい、学校を飛び越えて公の目に晒されることとなった。その知らせを学校から電話で受けた母親は喜んでワタシに報告し、ワタシは不正が明るみに出て怒られてしまうと大号泣。
明らかにうれし涙とは違う泣き方をしているワタシを訝しんだ母親に訳を話すと逆に感心されたが、今にして思うとあとがきだけで感想文を書ききって入選するなど才能の塊でしかないと思う。過去のワタシは神童だったのかもしれない。なお今はもう枯れている。酒で脳が溶けた。
過去の思い出を蘇らせるためにまた頭を捻っていたことに気づく。もうだめだ!
おわり!
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