珠玉かゴミか。
何かを手に入れるということは、その他全てを捨てることと同義なのです。
だからこそ人は、何かを手に入れようとする時ほど慎重に、それが他の全てを引き換えにしてでも手に入れたいものなのかということを吟味しなければなりません。
しかし悲しいかな。それがどんなものであれ、それを手に入れたいと渇望する時、人は冷静ではいられないのです。狂熱が身体の中でうねる火柱となって燃え盛り、その温度の中で冷静になどなれるはずがないのです。
生きていく中で人は、一つ一つ手に入れていき、その他全てを捨てて進むのでしょう。
ふと傍に座り込み、手にしたものを地面に置いて眺めます。じゃらっと乾いた音を立てて散らばったものを拾い集め、円形に整えて眺めます。
それはどう見えるでしょうか。キラキラと輝く珠玉たちか、くすんだゴミか。
答えはありません。
いえ。
そうではなく、答えは己の中にしかありません。
周りがそれらを見て「珠玉だ」「ゴミだ」と評することに、全く何一つ意味は無いのです。
なぜならそれを持っているのは他でもないあなただから、です。
どんな思いでそれらを選び集めてきたのか。故に、あなたにとってそれらがどう映るのか。それだけです。
あなたが珠玉と思えば珠玉ですし、ゴミだと思えばゴミなのです。
どうでしょうか。
うーーーーん。
(うんこをきばっている訳じゃないです)
ワタシは己の前に丸く並べた、大小様々なモノを見つめる。意外と選んできた気もするし、まだそんなに持ってないような気にもなる。
とにかく、ワタシはこれだけのモノを抱えてきた訳だ。
今のところゴミは無いなあ。
珠玉はいくつか。
まだどっちでもないモノがいくつかある。
白く丸い、雪見だいふくのような形をしたもの。触ると硬く、地面にカチッと音を立てるような質感だけど。
これらは今後、光り輝くか腐り果てるか、どちらかの道に進むのだろう。
それはまだ決まっていないということか。
ワタシが決めるんだな。
なるほど。
そうであれば、珠玉ということにしたいな。
そっちの方が嬉しい気持ちになる。
人生の善し悪しなんてのは、結局自分の心一つなんだと思った。だったらシンプルだ。やる事はそう多くない。
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そう多くない『やる事』の中に、『ワタシにチップを投げる』という行為が入っているかもしれません。胸に手を当てて考えてみてください。答えはすぐに出ます。
「ない」?
あれ、本当ですか?もう一度よく考えてみてください。
ありましたね。
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