デュファイ「ばらの花が先ごろ」〜 ルネサンス音楽のはじまり DuFay: Nuper rosarum flores
1436年3月25日「受胎告知の祝日」
ルネサンスの音楽家ギヨーム・デュファイ Guillaume DuFay が作曲した「ばらの花が先ごろ」Nuper rosarum flores がフィレンツェ大聖堂の献堂式の中で初演されました。

今日3月25日はそれから590年。
その出来事は「音楽におけるルネサンスのはじまり」と解釈されています。
ギヨーム・デュファイ ばらの花が先ごろ
ウェルガス・アンサンブル
パウル・ファン・ネーヴェル指揮
4声部(パート)によるポリフォニーです。
上2声部は細かいリズムで素早く動き、たくさんの歌詞を歌います。

細かい音符の部分は歌詞を歌う上2声部
真ん中と右ページの下にふたつのテノール声部がちんまりと。
モデナ写本 (Modena, Biblioteca Estense e Universitaria, α.X.1.11)
歌詞はラテン語で、サンタ・マリア・デル・フィオーレ Santa Maria del Fiore(花の聖母大聖堂)と呼ばれたフィレンツェ大聖堂をばらの花にたとえて
このたびばらの花が寒い冬にもかかわらず
今日、キリストの代理人にして聖ペトロの後継者であるローマ教皇エウジェニウス4世の手によって聖母マリアに捧げます

と大聖堂の建築の献辞を歌います。
一方、下の2声部、音高が4度ずれたカノンによる高低ふたつのテノール声部は献堂式(完成した教会の建築を神または守護聖人に捧げる儀式)のためのグレゴリオ聖歌「ここは畏るべき所」Terribilis est locus iste を長く伸ばして歌います。

写本よりテノール声部の部分。

休符が長くありグレゴリオ聖歌を長くのばして歌う

楽譜の始まり部分に ◯ C のような記号があります
先に挙げた動画の演奏では、上の歌詞を歌うふたつの声部と、下で聖歌を長くのばして和声的な土台をつくる声部のコントラストをはっきりさせるためもあり、またデュファイが演奏した時は下2声部は楽器によって演奏された可能性を考えて金管楽器によって演奏されています。

ふたつのテノール声部には長い待ち時間の休符があり、上の歌詞のある声部が佳境にさしかかるとおもむろに歌い出して重なり、その次の瞬間
四度下の「ドミナント」属和音に移行して充実した和音が鳴り、そして元の「トニック」主和音に解決します。
和声学(ハーモニー)ではこの和声進行をローマ数字で
I - V - I
1-5-1、一番目の和音 − 五番目の和音 − 一番目の和音
と表記します。
近代和声法ではこの和声進行が基本です。
たとえばむかしの日本に生まれて育った人たちなら子どもの頃に学校でピアノの伴奏で三つの和音を鳴らしてそれに合わせてお辞儀をした経験があると思います。
この和声進行は音楽の基本となり、楽器全体に強い骨格と力強く進行する感じを与えます。
クラシックのベートーヴェンやブラームスなどの交響曲でも曲の最後にはこの進行をしつこいほど演奏して「終わった〜」という感じを強調します。
実は、デュファイの「ばらの花が先ごろ」に音楽史上初めてこの和声進行が登場します。
それまでの中世の音楽にはこうした和声進行、というか和声(ハーモニー)がありません。
単旋律(和音や楽器のないひとつだけのメロディ)によるグレゴリオ聖歌を基礎としてポリフォニー(多声音楽)に発展した中世の音楽には、旋律(メロディ)の重なり合いから生じる和音はありましたが、その進行(つながり合い)が意図的に計画されるということはありませんでした。
献堂式のためのグレゴリオ聖歌「ここは畏るべき所」
ハーモニーというのはただ複数の音が同時に鳴っているだけではなく、それぞれの和音が心地よくつながって脈絡を持って進んで行くことを意味します。
中世にはなかったこのハーモニーがデュファイの音楽によって初めて現れたのです。
これが音楽におけるルネサンスのはじまりです。
グレゴリオ聖歌に始まる中世の音楽の時代にデュファイによって新しいルネサンス音楽がもたらされました。
ここでもう一度お聴きください。
デュファイ「ばらの花が先ごろ」
最初にテノールのテーマとなるグレゴリオ聖歌があり、
上の歌詞のある声部はスコア・アニメーションで、4回だけあらわれるふたつのテノール声部は上に掲げた写本の切り抜きで表現されています。
ふたつのテノールが入った次の瞬間の
一番目の和音→五番目の和音(ドミナント)→元の和音への解決が聴き取れるでしょうか。
フィレンツェ大聖堂の献堂式に出席したある貴族がこの音楽を聴いた時の感想を記したものが残っており
「これまでに聴いたことがない音楽にとても驚いた」
と述べています。
グレゴリオ聖歌の成立(現存最古の写本は9世紀末)以来、11世紀頃からのポリフォニー(多声音楽)の成立(リズムの長短がある本格的な初期のポリフォニーは12世紀パリのノートルダム楽派)と14世紀までの発展してきましたが、このハーモニーはこれまで誰も聴いたことのないものでした。
西洋音楽史における音楽のルネサンスは15〜16世紀、はじまりは正確にはデュファイが本格的に活動を始めた1430年代とされています。
その一大エポックが今から590年前の今日、受胎告知の日である3月25日のフィレンツェ大聖堂の献堂式でのデュファイの「ばらの花が先ごろ」の初演でした。
今日から10年後の2036年3月25日は
ルネサンス音楽のはじまりから600年です。
この出来事はルネサンス音楽のはじまりというだけではなく、さらに近代和声法のはじまりという節があります。
近代和声法は多くの場合、バッハ(1685年〜1750年)の平均律クラヴィーア曲集による
全ての調での和声法の展開により18世紀に完成したとされています。
バッハ「平均律クラヴィーア曲集」第1巻 第1番 前奏曲とフーガ ハ長調
グスタフ・レオンハルト(チェンバロ)
バッハに先駆けること300年、デュファイによる「ばらの花が先ごろ」の初演が既に近代和声法の萌芽であると考えられます。
決して多数説ではないかも知れませんが、
デュファイがご専門の偉大な音楽学者であられる私の母校の恩師による
「近代和声法の祖はデュファイである」
という説を個人的に支持しています。
デュファイの「ばらの花が先ごろ」にはまた別の側面(テノールの長さの比率など)がありますが、長くなりましたので今日はここまで。また述べる機会があればと思います。
今日は「音楽史の教科書に必ず書いてある音楽史」でした。
長文をここまでお読みいただきありがとうございました。
よい受胎告知の日をお過ごしください。

