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【競馬】思い出の馬について書く(第4回)「エリモシック」

今回ははじめて競馬場に行った時の話でも。

ちょっと厳密にいえば法律的にアウトなところも出てきますが、当時の時代背景というのと、時効ってことでここはひとつお願いしたい。
28年も前の話ですから。
28年…。

競馬を知るきっかけとなった競馬ゲーム

自分が競馬を知るきっかけは中学生のころ。
競馬ゲームの「ダービースタリオン」と「ウイニングポスト」が友人たちの間でまわってきたところからだった。

そこからゲーム攻略本を買ったりしてこの種牡馬はこうだとか、この繁殖牝馬のモデルがこうでとか、ライバル馬の元ネタ馬がこういう成績でみたいなのを学んでいった。
もともとギャンブルから入ってないから、まわりと比べてギャンブルセンスが無いなあと感じることも多々あるんだけど…まあそれはここではさておいて。

そんなこんなで中学生のころには、テレビで競馬中継をみはじめるようになる。
サクラチトセオーの天皇賞・秋くらいからはみていたような気がするから1995年の秋くらいだっただろう。30年ですっておそろしい。
なので、ナリタブライアンの本当に強かった時期をリアルタイムではみていない。休み明けの天皇賞を惨敗するところからみはじめている。
ナリタブライアンの3冠とライスシャワーをリアルタイムでみていたら、また競馬観や書けることも違ったんだろうな。とは思ってしまうな…。

1997札幌記念「エリモシック」

さてさて…
この1997年、ダビスタやウイニングポストをまわしていた自分たちの友人の間でひとつの盛り上がりがあった。

「札幌記念のG2昇格」である。

今でこそG1 馬が札幌記念を使うのも当たり前、自然な形になっているが、当時はそういう時代ではなかった。
前年までG3だった札幌記念がG2に昇格したのである。それにともないメンバーが良くなるのではと話題になった。

北海道で学生時代をすごした自分とダビスタやウイニングポストなどをまわしてくれた同級生友人たちであるが、夏のある日、札幌にG1馬がやってくるという話をききつけたのである。
それが「オークス馬エアグルーヴ」と「皐月賞馬ジェニュイン」である。
エアグルーヴには関西のスタージョッキー、全盛期バリバリの武豊騎手、ジェニュインには関東のリーディングジョッキー、ベテランの岡部幸雄騎手が騎乗する。
これが盛り上がらないはずがないのだ。
「札幌記念にエアグルーヴとジェニュインがやってくる。これは生で見に行きたい」
という話になっていったのである。

「エアグルーヴとジェニュイン」
これはひじょうに重要だ。
G1馬、しかもクラシックホースが2頭。
2頭は同じ扱いである。

そして友人のひとりのお父さんにお願いして、友人2人と自分の3人連れて行ってもらえることになったのである。

はじめての札幌競馬場。
それはそれは人が多かった。
その後関東にきてG1レースを何度もみてきたけど、それと同じレベルの混雑っぷり。
しかも暑かった記憶があるなあ。

我々は当時は高校生なので、メイン前まではレースをみるだけであるが、みるだけとはいえ
「これが生でみる競馬か」という感動みたいなのがあったのは覚えている。

1997クローバー賞

覚えてるというわりに、準メインにニホンピロジュピタとか出走してたのぜんぜん記憶に残ってないけどね…。
しかし、JRAホームページもいつのまにやら1997年くらいのかなり前の条件戦の結果まで出せるようになっているのね。

そしていよいよメインレースである。
札幌記念を前にして、友人のお父さんが
「せっかくきたから、それぞれ300円分だけ馬券を買ってあげるよ」と言ってくれたのである。
(このあたりを時効ということにしてね)
「うわ〜どうしよう」なんて言いつつ、検討しだす3人。

そこで自分の出した結論は
「的場均騎手騎乗のエリモシックから馬連で3頭に流す」
ということになり、友人のお父さんにこれでお願いしますと言ったのである。 
エアグルーヴとジェニュインと、あと1頭何だったかなあ…。

エリモシックの成績

エリモシックの札幌記念前までの成績であるが、4歳牝馬特別、今のフローラSを1人気3着にもかかわらずオークスで2人気。
秋華賞で2着もあるが、安定感がある馬ではなかった。ただはまればすごい脚を使える。そんな馬でしたね。

そしてレース

当時から目が悪かったんですよ、自分は。
しかも当時は眼鏡もかけてなかったし。人も多いしでぜんぜん見にくかったのですけど。4コーナーをまわった時に外からエリモシックがきてるのがわかったので
「エリモシック〜。的場〜」
ってもう叫んだね。

今改めてレースを見返したけど、ジェニュインこんなに後ろから競馬してたっけ?とか、エリモシック意外とギリギリで2着にあがってるじゃんとか、当時の記憶に残ってないところがあるのが不思議なものである。
もっと余裕もって2着にあがってきたくらいの記憶だったが…。

1997札幌記念の結果
1997札幌記念払い戻し

そして友人のお父さんから、馬連配当の1160円を受け取ったのようである。
ようである…ってなんだ?って話ですけど、当時の記憶では900円前後くらいだったような記憶もあったけど、1160円って残ってますなあ。
やっぱり、30年もたつと記憶って微妙に違いが出てきたりするものなんかね。

エアグルーヴとジェニュインをみにきたはずなんだなけどなあ…というのはあるけどね。
エアグルーヴは強かったなあ。
この後エアグルーヴは天皇賞秋でバブルガムフェローとの一騎打ちで競り落とし、ジェニュインはその天皇賞秋で3着、エリモシックはエリザベス女王杯を勝つのでありました。

のちにエリザベス女王杯を勝ってエリモシックはG1馬になるけど、印象に残ってるのはやっぱりこちらの札幌記念2着かなあ。
はじめての競馬場生観戦だったしね。

おまけ

最終レース

その日の最終レースには、まだ条件馬だったビーマイナカヤマも出走していたようですが。
本当に記憶に残ってない…。

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