アメトーーク!「ハガキ職人芸人」を観まして。投稿者のはしくれとして遍歴や観て思ったこと。
昨日11月20日にアメトーーク!で
「ハガキ職人芸人」
という回が放送されました。
それを観ていたらこれまでの投稿について少し書きたくなったので、ぼちぼち書いてみることにする。
これまでの雑誌、ラジオの投稿
「自己紹介」
にも軽く書いていましたけれども。
もともと2002年に競馬雑誌の「サラブレ」にありました投稿コーナー「ますざぶ」に送りはじめたことから、この名前を使うようになりネットの世界も知ることになるわけです。
こちらの投稿コーナーの「ますざぶ」というのは、競馬関連のものをお題にしたお笑い系の投稿コーナーで、競馬に関するウソの年表にありそうな出来事を送るコーナーや、競馬関係の写真にふきだしがついていてそこに言葉を入れる。
みたいなコーナーがあるような投稿コーナーだったのですね。
数年はただ読者としてみているだけでしたけれども、そこになにげなく送ったら載ってしまったことからスタートすることになるわけですけれどもね…。
アメトーークの番組内でトンツカタンの森本さんが、色々なペンネームで送ったけど読まれたのがそのペンネームだったから以後そのペンネームを使うようになった。
みたいな話が出てきましたけれども、それもちょっとわかるんですよね。
自分も適当につけた名前がたまたまそこで載ったので、以後この名前を使うことになってしまった。
そこで載らなかったら違う名前で送っていたかもしれないし、投稿はそこでおわりにしていたかもしれないし。
本当わからないものである。
そこから投稿を続けた理由は
まず、この投稿コーナーとして、ひとつ載ったら1p、コーナー優勝したら5p、コーナーの敢闘賞で3pみたいな感じでポイントを競う。それを半年6号分のポイントで場所優勝をきめる。
みたいな感じだったのですけれどもね。
ざっくりと書くと4月からの春場所、10月からの秋場所とあったのですけれどもね。
2002年の春場所の最初に送りはじめて、そこでいきなり10pもとったのですよ。
そうしたら、コーナーだけじゃなくトータルの順位、いわゆる番付に名前が載りまして。
ということはそこそこ上位にいるぞと。
「これは場所優勝も…」
と淡い期待をもってしまったというのがまずひとつ。
そしてインターネットカフェに行った時にその「ますざぶ」のホームページを見にいったんですよ。
それまで、雑誌の紙面では「新人王」みたいなのは載ってなくて存在も知らなかったのですが、なにやら、その場所ではじめて投稿された者による「新人王」争いがあるということ。
そして、新人王争いでいきなり2桁ポイントでデビューした人はこれまでいなかった。
みたいなことが書かれており、さらに淡い期待と
「俺って、やっぱり面白いんじゃないか」
みたいなうぬぼれですよね。
それで、もう少し投稿してみるか。
となったわけですけど。
次の月にいきなり現実を突きつけられます。
1つ載ったとはいえ、わずか1p。
常連投稿者さんと一気に離されることになりました。
しかし、ますざぶ内のサブイベント
「ますざぶウォーズ」の代表になることでさらにやめられなくなることになります。
このサブイベントの「ますざぶウォーズ」は、投稿者を地区で分け、場所の前半2号の地区のポイント上位5人が地区代表となり、トーナメントで戦うというもの。
当時は長野県に住んでいましたので、北信越地区の上位5人の枠に入り北信越地区代表となったわけです。
ちなみに、のちにますざぶや今回のアメトーーク内でもちょっと話に出た雑誌SPAの投稿コーナー「バカはサイレンで泣く」で優勝して、放送作家やライター活動をすることになる田村Rさんも、この時に同じ北信越地区代表となり、そこでネットでつながるようになり
「ますざぶウォーズ頑張りましょう」とか
「藤本美貴って可愛いすよね」みたいな話をした。この時からのつながりである。
田村Rさんがますざぶやバカサイを優勝する前の話ですし、この投稿をはじめた時が2002年とかですから、かれこれだいぶ前の話になってしまったものだ。
さてさて、結果としては場所優勝どころか、新人王もサブイベントのますざぶウォーズの優勝も逃すこととなったが…その後も細々と投稿して、今でもますざぶで投稿していた方々とはつながりがあったり先日もオフ会だといって集まりがあったり
投稿をきっかけに人とのつながりは広がっていったように思います。
もうひとつの、自分にとって大きな投稿媒体。
しばらくは雑誌投稿からも離れていたが、転職を機にラジオを聴くようになった。
学生時代もラジオはまあまあきいていたが、仕事で車に乗るようになりカーラジオをつけたのである。
そこで、投稿コーナー多めのラジオ番組である
「手賀沼ジュンのウナンサッタリパンツ」
という番組と出会い、また投稿を再開することになる。
「手賀沼ジュンのウナンサッタリパンツ」
に関してはコーナーの書きおこしなんかもやっていますので、このアカウントに複数回きてる方ならあれかなと思うでしょうけれども、オードリーのオールナイトニッポンの真裏で放送していました歌ネタ王である手賀沼ジュンさんがパーソナリティの大喜利コーナーやクイズコーナー、回文コーナーなどがあった番組であります。
ありがたいことに、そこでもまあぼちぼち読んでいただきました。
そこでまた、同じ番組をきいている方と知り合うことになり、そのうちのおひとりと結婚することになるのである。
そう考えていくと、自分の人生においてラジオや雑誌の投稿は大きく影響したといっていいのではないだろうか。
このアカウントでウナパンの番組のコーナー書きおこしをやっているのも、番組に対するお礼や感謝やら、なにかしらこういう番組があったとか、こういうコーナーをやっていたとか。
そういう番組のことについて残しておきたいという思いやら、そういったのがありますかね。
今回、アメトーークの「ハガキ職人芸人」をみて
あるあるとされていたものも、ハガキやメールを送ったことのある人はだいぶわかるところがあったのではないだろうか。
「住所を読まれる時に、県が一致したところでまずテンションが少し上がって、市まで一緒だとさらに…」
みたいな話なんかもありましたけども。
住所を読まれない番組でも、やっぱり自分の名前を読まれたりなんかするとテンションあがったりはしますよね。
中には、ラジオにおくりたいけどネタみたいなメールを送るのは苦手だなあなんて思う方も、いわゆるふつおたでも
「あのパーソナリティさんが、自分のメールを読んでくれてる」
「メールを読んで感想をくれたり、リアクションしたりしてくれてる」
みたいなところでテンションがあがるものではないだろうか。
改めて、常連とよばれる投稿者さんの送っていた数なんかをききますと、すごいと思うと同時に若干ひいちゃう部分もありますよね。
それだけ送ったから、これだけ投稿者として名をあげたんだみたいなね。
4000送って150採用と言ってましたっけね。
すごいですよね。
最後に…。
アメトーークに出られていた芸人さんのハガキ職人の時やそこで名前のあがった投稿者さんより、ぜんぜんなにを成し得たとか無いですけれども、そんな自分でも投稿で人生が少し変わることもありましたですし。
きいてるだけでも楽しめるラジオや雑誌の投稿コーナーが、送ることでさらに楽しめる可能性を秘めているので、ラジオをきいている方などで投稿をしたことが無い方なんかも一度投稿をしてみるのもいかがでしょうか!?
なんて思ったりしますよね。
中には
「なんで読まねえんだよ」
をネットで言っちゃう人もいるから、困った時代になったなあと思うところもありますけれどもね。
採用の枠がありますし、数多く投稿も来るでしょうからなかなか読まれないなあみたいなところで難しいところもあるでしょうけどねえ。
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