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1400円でグッズを売り、2100円のアクスタが届いた日

所持しているグッズを定期的に見直している。
数年前は祭壇を作っていたのだが、ベッドに置いていたぬいぐるみを「邪魔だな…」と思って以来、定期的に持っているグッズを見直して、過分なものを処分するようになった。
部屋の八割ぐらいグッズとかぬいぐるみの時期もあって、今は大体落ち着いてるんだけど、コラボカフェが大好きだ。大抵コラボカフェにいくとなると買っちゃうし、貰っちゃうんですね、グッズ類を……堂々巡りである。おもろい。そんなわけで基本面倒を嫌って(というか思い立ったらすぐ処分したいから)ブックオフに売りにいくのだが、たまに駿河屋に申し込んだりする。悪の商売屋だ…と思いながら、悪の商売屋に加担している。メルカリの方が人道的なのだろうか?わからない。なぜか世の中にはトレーディンググッズが満ち溢れている。
こういう時にマイナーなキャラでも出るから……と言い訳に使われがちなマイナーキャラ好きなんだけど「ないもんはなくていいのだ」である。悪の加担をマイナーキャラ好きにおっかぶせないでほしい。
こういうオタクの「実際のところ最低なことを言っているのだが、自分は冷静に物事を見れて正論を言っていると思っているがち」みたいな発言に逐一いらだつのが嫌でツイッターを辞めたところがある。よくわからないお怒り勢よりこういう「わかってるんだよなあ」みたいなポジションの方が正直嫌である。
わたしはグッズを買う量も減り、それがたとえ推しでも買わない時があるが、一方で「物質で所有しないガチャって勝利!」みたいに破滅的言動でガチャに課金しまくっていた。
部屋に物が少なくても家計が燃えてる、みたいな話もある。わたしがあんまりグッズを買わなくなったのは、単純に「部屋に物がない方が落ち着くから」であって、それが「すごい」とか「いい」とかじゃない。「こういう主義」なんです、とかそういうミニマリスト的な考えがあるわけでもない。
年齢のこともあって「終活」の視野もいれていたし、単純に「性質」の話だ。
1400円でモノを売った日、2100円のアクスタが手元に届いた。
これもいつかは手を離れるのだろうか、数百円、あるいは数十円で……

自分の好きがうつろうのが嫌だった。
買っては飽き、熱が冷めたりして、そういうのが愛がない気がした。だからグッズを長年所有したりする人や、ずっと捨てられない人の方が「いいな」と思う時もある。

推しカプのアクスタを部屋に飾ろう。
いつか愛が失せても、好きだった瞬間が、消えることはない。そういうことにやっと気づくのだ、あるいは思うのかもしれない。手放す瞬間に、「好きだった」と。






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