2026 北海道旅3日目〜雨がくれたもの〜
朝7時。
目を覚ますと、昨日と変わらず雨音が車の屋根を叩いていた。

北海道へ来れば、朝の散歩が楽しみだった。
知らない街を歩いて、冷たい空気を吸って、今日という一日を始める。
そんな時間が好きだ。
でも今日は違う。
外へ出ることすら諦めるしかないほどの大雨だった。
窓越しに雨を眺めながら思う。
旅って、思いどおりにならない時間の方が多い。
だけど、その不自由さがあるから、予定どおりに進まない一日まで思い出になるんだろう。
そんなことを考えながら、とりあえず、道の駅にしん番屋へ。









早く来すぎて店内は空いておらず。
まあ、ここは毎年止まっているから諦めがついた。
午前9時。
三毛別熊事件復元地へ向かった。









雨に濡れた森は静かだった。
静かすぎる。
葉っぱから落ちる雫の音まで聞こえる。
ここは1915年、日本で最大級の獣害事件が起きた場所。一頭のヒグマによって七人の命が奪われた。
数字だけ聞けば、遠い昔の出来事だ。
でも、この森へ立つと、その出来事は急に現実になる。
熊スプレー「カウンターアソールト」を腰に付けて歩く。
買う前は、「これがあれば安心だ」と思っていた。
実際に森へ入ると分かる。
安心なんてしない。怖いものは、やっぱり怖い。
自然を知るということは、自然を甘く見ないことなんだと思う。
復元小屋の近くには、熊が残した爪痕のある木が展示されていた。



近づいて見た瞬間、言葉を失った。
木の幹が深くえぐられている。もしこれが人だったら・・・・
そんな想像は途中でやめた。
北海道は美しい景色だけじゃない。
人間がどう足掻いても敵わない自然も、同じように存在している。
だからこそ、この土地には畏敬という言葉がよく似合う。
午前10時30分。
苫前町郷土資料館へ。















三毛別熊事件の資料だけではなく、北海太郎や農具、稲の標本など、この土地の暮らしが丁寧に展示されていた。
稲の標本なんて初めて見た。
何気ない展示なのに、足が止まる。


旅先では、自分でも驚くくらい興味の幅が広がる。
熊事件の展示も時間をかけて見た。
人が森へ入り、熊もまた生きるために森を歩く。
その境界線が重なった時に起きた悲劇だった。
誰が悪いと簡単には言えない。
百年以上経った今も、この土地はその出来事を隠さず語り継いでいる。
それは悲劇を忘れないためだけじゃない。
自然と共に生きるということを、次の世代へ渡すためなんだと思った。
資料館には、この事件を最も知りたい人のために、三毛別熊事件を超詳しく書いた報告書が600円で売っている。
下手なホラー小説より怖いので、買う際はご注意を。

午前11時30分。
朱鞠内湖を目指して車を走らせる。
途中、霧立国道へ入った。

深い森、静かな道。
名前のとおり、霧がよく似合う。
霧立峠へ立ち寄る。


雲はまだ多い。
でも、その隙間から見えた青空は、どんな絶景よりも嬉しかった。
晴れていることは、普段なら当たり前だ。
でも何日も雨が続くと、その当たり前がどれほどありがたいことだったのか思い知らされる。
人は失ってから気付く生き物なんだろう。
ほんの数分だけ顔を出した青空は、この旅で一番美しい色だった。
午後12時40分、朱鞠内湖へ到着。

日本最大の人造湖。
戦時中の発電事業によって生まれた湖だけど、今では原生林に抱かれ、最初からここにあった自然のように静かだった。
レークハウス朱鞠内で幌加内そばを注文する。









かき揚げには、朱鞠内湖で獲れたエビが入っていた。
香ばしくて、本当に美味しかった。
旅へ出ると、なるべく地元のお店で食べようと思っている。昔は「旅人は地元へお金を落とすべきだ」と思っていた。
でも今は少し違う。
義務じゃない。
その町のお店で食べることは、その土地の人が積み重ねてきた時間を少しだけ分けてもらうことなんだと気づいたから。
料理だけじゃない。
店の空気も、人の笑顔も、その土地でしか流れない時間も、一緒にいただいている。
旅人は、それを買っているのかもしれない。






午後2時30分。
道の駅ほろかないに併設されたせいわ温泉ルオントへ。


泉質はナトリウム-塩化物冷鉱泉。
湯冷めしにくく、「熱の湯」と呼ばれる温泉らしい。
運転で固まった肩がほどけていく。旅をしていると、温泉は贅沢じゃなくなる。
毎日走るからこそ、毎日必要になる。
心も体も、一度リセットしてくれる場所だ。
風呂上がりは、そばソフト。

やっぱり北海道のソフトクリームはうまい。
牛乳のせいなのか?
空気のせいなのか?
理由なんてどうでもいい。
旅の途中で食べるソフトクリームは、いつも少しだけ子どもに戻った気分になる。












午後5時、羽幌へ着いた。
僕の大好きな街。
二年前、旅が強制的に終わった街。
でも、嫌いになれなかった街。
むしろ、あの日があったから好きになった街。
丸美旅館のお父さんとお母さん。
元気にしているだろうか。
会いに行こうと思った。
でも、やめた。
旅館の前をゆっくり通ると、車が何台も停まっていた。
忙しそうだった。
「今は仕事中だよな。」
そう思うと、会わない方がいい気がした。
また来ればいい。
そう思える場所があることが、旅人にとっては何より幸せなんだ。
だから今日は、この街で泊まることにした。

途中、セイコーマートへ寄ったら、初めて見る「和風カレーあんかけ丼」。
旅では、知らないものを選びたくなる。
当たりでも、外れでもいい。
それも旅の記憶になるから。
夕飯は、あの漁港へ向かった。二年前、車が壊れ、どうしていいか分からなくなっていた時。
雨を避けながら、この公衆トイレの壁にもたれていた。
あの日は、この場所が僕を雨から守ってくれた。




今日も同じ場所で、同じように雨を聞きながら丼を食べる。


あの日は、ここで旅が終わった。でも今日は、ここからまた旅が続いていく。
時間って不思議だ。
あんなにつらかった出来事が、今では「帰りたい思い出」になっている。
だから僕は羽幌が好きなんだろう。
景色じゃない。
人に助けられた記憶が、この街には残っている。
夜になっても雨は降り続いている。旅は思いどおりにならない。
晴れなかったし、予定も変わった。
でも、だからこそ出会えた青空があった。
だからこそ思い出した街があった。
旅は、目的地だけを目指すものじゃない。
途中で立ち止まりながら、自分の心が帰りたがる場所を確かめるものなんだきっと。
雨音を聞きながら眠りにつく。
今日の雨は、少しだけ優しく聞こえる


続く・・・・・
