2026 北海道旅 4日目〜北海道は僕の知らない景色を隠していた〜
朝6時39分。
目を覚ますと、車の屋根を叩いていた雨音はもう聞こえなかった。
静かだ。
窓を少し開けると、昨日まで降り続いていた雨の匂いと、少し冷たい海風が車の中へ入ってくる。
外へ出て空を見上げた。
雨は止んでいる。
だけど空は厚い雲に覆われたままで、青空なんてどこにも見えない。
北海道へ来てから、なかなか天気には恵まれない。それでも今日は違った。
雨さえ降っていなければ歩ける、景色を探しに行ける。
それだけで十分だった。
タバコに火をつけ、羽幌の朝の海風を吸い込む。
この街は何度来ても好きだ。








7時30分。
初山別の道の駅でトイレ休憩をする。ここへ来るたびに思う。
もし今日が快晴だったなら、この先にあるみさき台公園キャンプ場から見える夕日と星空は、日本でも指折りなんじゃないかな。
しかも無料。
北海道って、本当にスケールがおかしい。
お金を払わなくても、日本中の人がお金を払ってでも見たい景色が当たり前に転がっている。
僕が初めて北海道へ来た2014年も、このあたりの夕日に心を奪われた。




7ちょっと時。
金浦原生花園へ到着した。
ここは僕のお気に入りの場所の一つだ。でも、不思議なくらい誰も来ない。
今日も駐車場へ入ったのは僕だけだった。
観光地として有名な場所じゃない。派手な展望台もない。
あるのは風と花と鳥の声だけ。
でも、それがいい。
アヤメが綺麗に咲いていた。




鳥たちは「ここは俺たちの場所だ」と言わんばかりに大きな声で鳴いている。観光客がいないからこそ、この静けさが残っているのかもしれない。
こういう場所は、どうかこのままでいてほしい。
誰にも知られず、でも無くならず。そんなわがままを思ってしまう。



7時45分。
遠別の道の駅へ。
朝が早かったから、まだ食事は販売していなかった。




それにしても人が多い。
さっきまで誰にも会わなかった花園とは正反対だ。
北海道を走っていると、人の多い場所と誰もいない場所の差が極端で面白い。静かな場所を歩いたあとだから、人混みを見ると少し疲れてしまう。
だから少し休憩しただけで、また車を走らせることにした。
8時30分、
遠別を出て、何となく一本の農免道路へ入った。
北海道ではこういう「気になる道」を見つけたら、とりあえず入ってみる。
それが意外と当たりだったりする。
今回もそうだった。道の両側には牧草地で、その向こうには湿原。
どこまでも真っ直ぐ伸びる一本道・・・車は一台もいないし、人工物もほとんど見えない。
ただ風だけが草を揺らしている。





北海道は、こういう「何でもない景色」が贅沢なんだって心から思う
その途中、鹿が現れた、しかも立派な角を持った雄鹿だった。

北海道で鹿を見ること自体は珍しくない。
でも、ここまで堂々とした角を持つ個体はあまり見たことがない。
思わず車を止めて見入ってしまった。
鹿もこちらをじっと見ていた。
しばらくお互い動かない。
そのあと鹿はゆっくりと草原の奥へ消えていった。
旅って、こういう数十秒の出来事がずっと記憶に残る。
10時、
天塩の道の駅へ着くが、ここも人が多かった。
正直、少し萎える。
僕は人が少ない場所が好きなんだろうとつくづく思う。
でも、せっかくだからソフトクリームと飲むヨーグルトを買ってみる。


一口飲んで思う。
「ああ、美味しい。」
北海道の乳製品って、やっぱり違う。
濃厚なのに重たくない。
旅の途中で飲むから余計に美味しく感じるのかもしれない。
それだけで少し機嫌が良くなった自分が恥ずかしい・・・・・。
11時、天塩町歴史資料館へ寄ってみた。


正直に言うと、最初は「少し見ていこうかな」くらいの気持ちだったが、こういう町の小さな資料館って、意外と面白い。
観光パンフレットには載らない、その土地の時間が残っているんだよね。
館内には天塩町の開拓の歴史や、昔の暮らし、漁業のことなど、いろいろな展示が並んでいた。



その中で特に足が止まったのが、アイヌの人々についての展示だった。北海道を旅していると、どこへ行ってもアイヌ文化に触れる。
でも、その土地ごとに歴史は少しずつ違う。
この辺りは昔から天塩川という大河があり、その川は人だけじゃなく、魚も、鳥も、動物も集まる場所だった。
当然、アイヌの人たちにとっても大切な土地だった。
今僕が何気なく走っている道も、そのずっと昔から人が生活してきた場所なんだと思うと、景色の見え方が少し変わる。
海岸線を走っていると、つい海ばかり見てしまう。
でも、その海には昔から巨大な命が泳ぎ、人はその恵みを受けながら暮らしてきた。
旅をしていると、景色だけじゃなく、その土地が歩んできた時間まで知りたくなる。
12時30分、オロロンラインを北へ走る。
ん??? 前回来た時より、風車が増えた?気がする。
白い風車が一直線に並ぶ景色は、何度見ても北海道らしい。
だけど今日は曇り空。
青空だったら、真っ白な風車とのコントラストがもっと綺麗だっただろうし、利尻山も姿を見せてくれなかった。
少し残念。
でも、不思議なもので、北海道では「また来る理由」が一つ増えるだけなんだ。
「晴れの日にもう一回来よう。」そう思わせてくれる。
そのまま下サロベツビジターセンターへ向かった。
建物の中で湿原について少し勉強してから、長沼を一周する遊歩道を歩くことにした。

サロベツ湿原は、日本最大級の高層湿原。
今から約六千年前、この辺りはまだ海だったという。
その後、海が陸地になり、植物が何千年も枯れて積み重なり、少しずつ少しずつ今の湿原ができた。
一日や一年では到底できない景色。
人間の一生なんて比べものにならないくらい長い時間が、この場所には流れている。
木道を歩く。
風が吹く。ヨシが揺れる。鳥が鳴く。
それだけ。
だけど、その「それだけ」が気持ちいい。
耳を澄ませば、聞こえるのは風の音と鳥の声だけ。車の音も、人の話し声もほとんど聞こえない。こんな静かな場所が、日本にまだ残っている。
歩いていると、ノビタキが木道の手すりへ止まり、また飛び立っていく。
遠くではオオジュリンらしい鳴き声も聞こえる。
湿原にはたくさんの命が暮らしている。
派手な観光地ではない。
SNS映えする場所でもない。
でも、こういう場所こそ北海道なんじゃないかなと思う。木道を全部歩き終えた頃には、不思議なくらい心が静かになっていた。






15時、豊富温泉へ。


ここは北海道最北の温泉郷で、稚内より北には温泉はない。だから北へ向かう旅人にとって、この温泉は特別な存在なんだと思う。
温泉へ入る前、今年が開湯100周年だということを知った。

1926年、石油を掘っていたら偶然温泉が湧いた。その偶然が百年間、多くの人を癒やし続けてきた。しかも、お湯には石油の成分が含まれていて、独特の油の匂いがする。
初めて入る人は驚くかもしれない。
でも、その成分が皮膚病に良いと言われ、全国から湯治に来る人もいる。
温泉街には100周年を祝う旗が並び、「温泉むすめ」の豊富水由ちゃんが特別観光大使として町を盛り上げていた。

百年。
人間なら三世代、四世代が生きる時間だ。その間、この温泉はずっと旅人を迎えてきた。僕も、その百年の歴史のほんの一日に混ぜてもらっただけなんだと思うと、少し嬉しかった。
温泉に浸かる。
身体がゆっくり軽くなっていく、やっぱり旅に温泉は欠かせない。雨続きで少し冷えていた身体が、ようやく生き返った気がした。



温泉から上がったあと、少しだけ豊富の町を歩いてみることにした。
温泉街は決して大きくない。
派手なお土産屋が並ぶような場所でもない。でも、こういう町は歩いてみると意外なものが見つかる。
旅では、それが面白い。
車では気付かないものが、歩くと見えてくる。少し歩いていると、木々に囲まれた一角に何かが見えた。
近づいてみる。
石仏だった。



一体、二体じゃない。
何十体もの石仏が静かに並んでいる。
誰もいない。風の音しかしない。木漏れ日もほとんど届かず、そこだけ空気が少し冷たい。
最初に思ったのは、
「何だここ……。」
だった。
怖いというより、不思議だった。
時間だけが、この場所だけ止まっているような感覚。北海道を旅していると、広い景色に感動することは多い。
でも、こんな空気を感じる場所は初めてだった。
あとで調べてみると、ここは「天塩新四国八十八ヶ所霊場」の一つだった。
昭和11年。
四国まで巡礼へ行くことのできなかった北の人たちのため、この道北にも八十八ヶ所の札所が造られた。昔は天塩から幌延、豊富まで石仏が点々と置かれ、人々は長い道のりを歩きながら手を合わせていたという。
けれど時代が変わり、道路が変わり、人が歩かなくなり、多くの石仏は失われた。
残ったものが、この場所へ集められている。
だから、あれほどたくさんの石仏が並んでいたんだ。
僕が感じた「時間が止まっている」という感覚は、間違っていなかったのかもしれない。あそこには石仏だけじゃなく、昔そこを歩いた人たちの願いや祈りまで残っているような気がした。
名前も知らない誰かが、家族の幸せを願ったのかもしれない。
病気が治ることを祈ったのかもしれない。無事に冬を越えられるよう願ったのかもしれない。
その思いだけが、静かにあの場所へ積み重なっていた気がした




17時。
豊富をあとにして、オロロンラインへ向かう。
しばらく走っていると、天塩川沿いへ伸びる一本の砂利道が目に入った。
真っ直ぐ。
どこまでも真っ直ぐ。
北海道では、こういう道を見ると入りたくなる。
「少しだけ行ってみよう。」
いつものように軽い気持ちだった。パジェロを砂利道へ入れる。タイヤが砂利を踏む音だけが響く。
周りには牧草地。
少しずつ湿原が増えていく。
さらに進む。まだ進む。
その瞬間だった。
思わずアクセルを緩めた。
「え……。」
声が漏れた。
目の前に広がっていたのは、僕が今まで見たことのない景色だった。



巨大な湿原。
その真ん中を悠々と流れる天塩川。
そして、その景色が360度、どこまでも続いている。
本当にここは日本なのか。
何度もそう思った。
北海道へ来るたびに、「まだ見たことのない景色を探したい」と思って走ってきた。
有名な観光地もたくさん回った。でも、心のどこかでずっと探していた景色があった。
その答えが、今日ここにあった。
「僕が見たかった景色は、これだ。」
その言葉が自然に出てきた。
誰かが教えてくれた場所じゃない。観光ガイドにも載っているわけじゃない。
たまたま見つけた一本の砂利道。
だからこそ嬉しかった。
旅を続けてきて良かった。何度北海道へ来ても、まだ知らない北海道が残っていた。
そう思えた。
奥へ進む

鹿がいる。
その上空ではタカが円を描いていた。

少し進むと、今度はキツネが姿を見せる。
逃げるわけでもなく、こちらを一度だけ見て、草むらへ消えていった。
ここは人間の世界じゃない。
野生動物たちが暮らす場所へ、ほんの少しだけ僕がお邪魔させてもらっている。
そんな気持ちになった。
砂利道を最後まで走ると、天塩大橋の手前へ出た。
振り返る。
もう一度だけ湿原を見る。
また来たい。
いや、絶対にまた来る。
今度は青空の日に。
朝霧の日に。
夕暮れの日に。
きっと同じ景色なんて一度もない。
だから何度でも来る理由があるんだ・・・・・!
18時、今日の宿は天塩川公園。
目の前には、さっきまで見ていた天塩川が静かに流れている。
パジェロを停め、エンジンを切る。
静かだ。
風だけが聞こえる。
不思議だな、パジェロが、なんだか嬉しそうに見えた。
もちろん車に感情なんてない。
でも、この景色まで一緒に走ってきた相棒が、「今日はいい場所を見つけたな。」と言ってくれているような気がした。


今日の晩ご飯は、いつものセイコーマート。
それと豊富で買った豊富牛のホルモンを焼く。
特別豪華な食事じゃない。
だけど、目の前には北海道を代表する大河が流れ、その向こうには湿原が広がっている。
こんな贅沢な食卓は、そうそうない。





今日は結局、一度も雨が降らなかった。
青空ではなかった。
それでも、雨が降らないというだけで、こんなにも自由に歩けて、寄り道ができて、偶然の景色に出会える。
旅って、本当に天気ひとつなんだ。
ホルモンを食べ終え、川を眺めながらぼんやり考えた。
結局、現代人の僕たちも、昔の人と何も変わっていないんじゃないか。
雨が降れば足を止める。晴れれば遠くまで歩く。
腹が減れば火を起こして飯を食い、暗くなれば眠る場所を探す。
車があって、スマホがあって、便利な道具に囲まれていても、人間は結局、自然には逆らえない。
何千年も前、この天塩川のほとりで暮らしていた人たちも、きっと同じ空を見上げ、同じように雨を気にして、明日の天気を願っていたんじゃないだろうか。
そう思うと、人間は便利になっただけで、生き方そのものは案外何も変わっていないのかもしれない。
今日見つけたあの湿原は、そんなことまで僕に教えてくれた気がした。
北海道は、やっぱり何度来ても終わりがない。
まだ僕の知らない景色が、この広い大地のどこかで静かに待っている。




続く・・・
