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電話口での壮絶バトル──バイト先での出来事

198X年。学生だった私は、クレジットカード会社で入金を電話督促するバイトをしていた。

「○△社でございます。先日の□☆カードの口座引き落としが残高不足でできませんでしたので、至急ご入金をお願いいたします」

そんな決まり文句を一日中繰り返す仕事だ。オフィスは雑居ビルの一室。窓のない蛍光灯だけの狭い部屋に受話器を持った社員4人とバイトの私が並んでいた。

周囲の社員さんが電話する声、所長さんが他の社員さんに何かを話す声、それと自分の電話の声が重なり、最初のうちは自分が今何を言っているのかもよくわからなかった。

最初の壁は方言だった。

西日本から東北地方に進学した私にとって、電話口での東北弁は、ほぼ外国語だった。

関西訛りの標準語で丁寧に用件を伝えても、相手が何を言っているかわからない。何度も聞き返す。すると、

「なぁに言っでんだがこの電話!」

という言葉とともに電話を切られる。そんなことは一度や二度ではなかった。私はどうすればいいのかわからないまま、しばらく受話器を見つめていた。

もちろん、他の社員さんは自分の電話に忙しくて私のことなど放置だ。そうだ。昭和はそれがデフォだった。

そういうことが2日ほど続いたが、3日目にはなんとなく方言にも慣れた。声のトーンや言葉のリズム、そういうものを耳が勝手に覚えていくものらしい。途方に暮れても、やればできるようになるものだ。──これは今の若い人にも伝えたい、と少し思う。

そうやって数か月。
単純な入金忘れ、いわば「うっかり層」への連絡担当だった私に、おニャン子クラブの高井麻巳子ファンだという社員のSさんがこう言った。

「もう君も簡単な督促電話ではなくて、もう少し難しいお客さんに電話してもらおうかな。」

つまり、「未払いの常連」と呼ばれる人たちへの督促だ。

それまで、隣で社員さんが

「こいつはもうブラックリストだ!」

と怒りに任せて端末に「新規貸付不可」の登録をしているのを見ていた私は、若干の不安を感じた。

しかし、身に危険が及ぶわけでもない。所詮、電話するだけのバイトだ。その日から「未払い常連客」の担当となった。

新しいリストで電話をしていくと、別の世界を垣間見ることになった。

親切な人に保証人になってもらいながら姿を消した人や、最初から払う気がまったくなさそうな人、ひたすら言い訳ばかりする人など、社会の裏が私の前に広がっていた。

電話口の声が妙に明るかったり、あるいはほぼ無言だったり。人の数だけ、対処しきれない何かがあるのだろうと、学生なりにぼんやり感じながら、淡々と電話をかけ続けた。

このときから私も専用端末を使えるようになった。もちろん「新規貸付不可」の登録はできない。社員さんの許可を得れば、顧客の借入状況を調べられるようになった。

名前や住所、生年月日などの個人情報を入力すると、1件100円で、どこの金融機関からいくら借りているか、すべてわかるのだ。専用端末の横に付いたロール紙に、ジーコジーコと印字されて個人情報が出てくる。私はこれを見て、クレジットカードの延滞だけはすまいと固く思ったものである。

この端末を使うにあたり、ちょっとしたコツがあった。当時の端末は半角カタカナと英数字しか使えなかった。だから「高田浩」さんが、

「タカタヒロシ」
「タカダヒロシ」

を使い分けていると、別人と判断される。だから複数の読み方で調べる必要があった。

──そんなある日、事件が起きた。
払った、払っていない、という話で私は顧客と言い合いになった。私は「ですから、入金されてません」と繰り返したが、相手も引かない。

しばらくやりとりしたあと、もう一度リストを確認すると──私のミスだった。私は1行読み違えて、支払い完了している人に電話をしていたのだ。

焦った。

謝らなければと思い、すぐに謝罪したが、そんな問題ではなかった。その顧客が何と、山■組系のヤクザだったのである。こちらの非を認めたが、ブチ切れした相手の怒りは収まらなかった。

そして、あろうことか

「おめぇんどご、今がら電車乗って乗りごむがんな!」

と叫び出したではないか。受話器越しでも迫力は十分すぎるほどで、さすがに社員さんも放置できず、間に入って電話を代わり、平謝りして何とか収めてもらった。

それから数日──オフィスを出た帰り道、私はしばらく後ろを振り返りながら歩いたものだった。

それにしても、今になって思い返すのはそういう修羅場よりも、あの社員、Sさんのことだ。

「ねぇねぇ。昨日は高井麻巳子がねぇ……」

督促の電話の合間に、前日のテレビの話を毎日のようにしてきた。

おニャン子クラブの全盛期で、あの人は、毎回本当に嬉しそうだった。

借金は踏み倒す、ヤクザは怒鳴りまくる、個人情報はロール紙に印字されて出てくる。それでも隣の席の社員さんは、毎日アイドルの話をしていた。

ゆるくて、おっかなくて、どこか間の抜けた空気が、あの雑居ビルの一室にはあった。

ああいう場所でも、人は普通に働き、普通に笑っていた。

オフィスを出た帰り道、後ろを振り返りながら歩いたあの日のことも、なぜか一緒に思い出す。

そんな記憶が、今もなんとなくまだ鮮明に残っている。


最後までお読みいただきありがとうございました。

この事件にあってから、私は行を読み違えないよう、リストに定規を当てるやり方に変えました。

それだけでミスがなくなり、作業も速くなりました。

このようなミスは、今の仕事でも形を変えて起きていると思っています。

具体的に仕事をどう改善するか、記事にまとめています👇。

※ 次週からは「SCM改革シリーズ」が始まります。未整備の世界をどのように整えていったかを書きます。

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ジラーフ改善クロニクル No.26

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